その時私は物語

「その時私は」物語
「その時私は」物語: わたしの会社生活一年目 その1

 何事も一年目というものは,記憶の中でかなりの比重をしめているもので,目新しいものが盛りだくさんなことがその理由かもしれません。わたしの会社生活1年目もそんな出来事満載で,その1年目を書いてみようと思います。 【新入社員 […]

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「その時私は」物語: 私のコンピュータ遍歴 その2

私のマッキントッシュ物語 続き <日本編> 職場でのマッキントッシュとプリンターの購入  留学から当然のことながら,マッキントッシュを日本に持って帰りました。このマッキントッシュのおかげで修士課程の論文が書けたのですから […]

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「その時私は」物語: 私のコンピュータ遍歴 その1

私のマッキントッシュ物語 <米国編> 初めてのパソコン  当時はマイコンとも言いました。自分のコンピュータ,小さなコンピュータの意味です。今はパソコンで,パーソナルコンピュータ,PCとかといいますね。このマイコンを最初に […]

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「その時私は」物語: 高校時代/三億円事件

三億円事件と高校への車通学路  三億円事件は,1968年12月10日火曜日,朝9時過ぎに起きました。今と違い冬のボーナスを現金で銀行から東芝の府中工場に届けるときに,府中刑務所の北側道路でこの事件は起きました。白バイが現 […]

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「その時私は」物語: 私の入社試験

はじめに 現在まで,無機材会では大学修士学生を対象に,大学のOB・OGにお願いして,会社の概要,仕事内容,日々の生活の話をしてもらうセミナーを開催してきました。大学生が得れる情報は限られており,特に無機材料の会社は,B- […]

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「その時私は」物語:たつひとのスキューバ その7

スキューバの思い出その3 その他 【ダビング雑誌に登場】 月刊ダイバーというダイビングの雑誌が,今は休刊になってしまっていますがありました。このダイバー誌から取材をしたいとのことで海の修復の話をしました。見開き2ページで […]

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「その時私は」物語:たつひとのスキューバ その6

スキューバの思い出その2 海外編  今まで,国内ばかりのダイビングでしたので,海外も潜ってみないととまず選んだのがオーストラリア グレートグレートバリアリーフでした。 【グレートバリアリーフ】 オーストラリアのケアンズに […]

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「その時私は」物語:たつひとのスキューバ その5

スキューバの思い出その1 国内版  スキューバでは色々な思い出があります。多くの思い出の中で特に印象に残っていることをお話したく思います。 【石西礁湖のサンゴ礁】 初めは,深く潜りたい,潜った方がカッコいいと何となく思っ […]

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2023年の年頭あいさつ (企画担当・副会長)

あけましておめでとうございます。無機材会 本年もよろしくお願いいたします。  企画を担当したのが2019年からです。当初は対面であった工場見学会や企業セミナーも,その後のコロナ禍の影響で,リモート Zoomでの開催となっ […]

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「その時私は」物語:たつひとのスキューバ その4

合気道エッセイ: 合気道とスキューバ  合気道をやるうえで極意となる丹田や重力のことなど,スキューバは色々なことを考えるきっかけとなりました。そんなお話をしたく思います。 【中性浮力】 「中性浮力」(neutral bu […]

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「その時私は」物語:たつひとのスキューバ その3

【ダイビングを経験し新たにわかったこと】 普段,陸上に生きている我々には,中々体感できないことをこのスキューバで知りました。そのお話をしたく思います。考えてみればそうなんですけれどその場に遭遇しないとなかなか実知識として […]

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「その時私は」物語:たつひとのスキューバ その2

【そもそものきっかけ】 当時は,製鉄所の鋼を作る部署で,1600度の高温の溶鋼を精錬する容器をメインテナンスする仕事をしていました。高温の鋼を入れる容器には耐火物を使います。一方,鋼を作るときに副産物として発生するスラグ […]

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「その時私は」物語:たつひとのスキューバ その1

【はじめに】 40代後半になってスキューバ,スキューバダイビングを始めました。それも仕事関係です。45歳以上は,始めるにあたって医者の診断書がいる様になります。今回の「その時私は」物語では,スキューバを始めるきっかけのお […]

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「その時私は」物語: 米国 ペンシルバニア州立大学合気道部

合気道エッセイ その2  米国に留学した時の合気道については,すでに,技術英会話エッセイや合気道エッセイなどで書いてきました。ここでは,その内容も加えながら東工大卒業から米国ペンシルバニア州立大学までの合気道の話を書いて […]

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「その時私は」物語: 豪州NSW合気会 サザーランド道場

合気道エッセイ その2 【オーストラリア駐在と合気道の道場探し】 歳も50代後半になって仕事でオーストラリアへ駐在することになりました。勤務先はポートケンブラにある高炉を有する製鉄所に耐火物を製造し納入する現地の製造会社 […]

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「その時私は」物語: 合気道 米谷守正先生

合気道エッセイ その2 【出会い】 1988年に米国から帰国して,佃島にあった社宅に住むことになりました。そこから歩いて通える深川にある合気道の道場で,指導されていたのが米谷守正 よねたにもりまさ 先生です。米国の大学の […]

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「その時私は」物語: 東工大合気道部

合気道エッセイ その2  合気道にまったく触れたこともない人に,合気道の面白さをわかってもらえるようにと書きだした合気道エッセイ その1で,東工大入学と同時に合気道を始めたころのことを書きました。 「私が合気道を始めたの […]

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「その時私は」物語: 立川高校時代

「その時私は」物語を書き始めるにあたっての話  この企画を始めるにあたり,企画担当である私からまずは書き始めないといけないだろうと机のパソコンの前に座りました。  なにが自分の「その時私は」物語になるだろうかと考えるに, […]

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「その時私は」物語を始めるにあたって

「その時私は」物語を始めるにあたっての裏話  今回2022年度の新企画として開始した「その時私は」物語をはじめて思い立ったのは,実は無機材会の企画の仕事をはじめた2019年当時です。各人みな色々な経験があり,それを人によ […]

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「その時私は」物語 の開始

      本館上空 南7号館も見えます(蔵前工業会ドローン映像から) 「その時私は」物語  2022年度からはじめる新しい企画,新企画「その時私は」物語を始めます。過去,長いあるいは短い人生の中で,大きな転換点や分岐点 […]

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合気道の合気のお話: ② 私の合気道

合気道エッセイ その1 合気道エッセイ その2  合気道を技として習得するのは弐段を取得するまでで,あとはそれをブラッシュアップしていきます。弐段を取得している人の数は現在9万人ですから,世界で合気道を稽古している人の数 […]

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技術英会話エッセイ: 参考にならない英語遍歴 その12 ペンシルバニア州立大学合気道部

 英語がお上手な人はパスしてくださいね。 (米国での合気道) 留学の最中に,合気道ができるとは思ってもいませんでした。現在,世界140万人の合気道の稽古人がいる合気道も,当時は合気道の名前こそ米国で広まっていましたが,合 […]

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技術英会話エッセイ: 参考にならない英語遍歴 その11 Radio Park Elementary School

 英語がお上手な人はパスしてくださいね。 <Radio Park Elementary School> 家族がステートカレッジに到着してから,早速,町の教育委員会へ出向き,6歳の娘の学校の手続きを終え,最寄り […]

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技術英会話エッセイ: 参考にならない英語遍歴 その 10 授業

 英語がお上手な人はパスしてくださいね。 2022年となりました。本年もよろしくお願いします。 いよいよペンステートでの授業の始りです。 <授業を受ける> 授業の出席者は10~50,60人。人数が大きく違うのは,マスター […]

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技術英会話エッセイ: 参考にならない英語遍歴 その 9 我が家と家族

 英語がお上手な人はパスしてくださいね。 (ステートカレッジの我が家) ペンステートに留学した会社の先輩から英語を習得するには周りに日本人がいない生活環境がよいとのサジェッションにしたがい,ステートカレッジの北西にあるパ […]

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技術英会話エッセイ: 参考にならない英語遍歴 その 8 ステートカレッジ専用車

 英語がお上手な人はパスしてくださいね。 少し時間を戻して(自分の手を放したものは所有権を放棄) ビガーを受け取りにビガーがまつニューアークの港に向かうために,アパートが決まるまでお世話になった方にアムトラックの最寄りの […]

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技術英会話エッセイ: 参考にならない英語遍歴 その 7 再会

 英語がお上手な人はパスしてくださいね。 (アムトラックでニューアークへ) 運転免許証と車の受け取りの書類をもって,鉄道のアムトラック (Amtrak) でニューアークへ向かいました。ニューヨークで地下鉄は乗りましたが, […]

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技術英会話エッセイ: 参考にならない英語遍歴 その6 運転免許証取得

 英語がお上手な人はパスしてくださいね。 <大学町ステートカレッジ> 向かう場所は,長方形のかたちをしたペンシルバニア (Pennsylvania) 州のど真ん中のカウンティ (county/郡) がキーストン (key […]

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技術英会話エッセイ: 参考にならない英語遍歴 その5 米国に到着して

 英語がお上手な人はパスしてくださいね。 <米国到着直後>(ブローカー屋さん) 米国に送った車,ホンダのビガーを受け取るためには現地での書類が必要です。日本で,日通さんからニューヨークで,日通の輸出業務を担当しているブロ […]

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技術英会話エッセイ: 参考にならない英語遍歴 その4 いざ米国へ

 英語がお上手な人はパスしてくださいね。 <いざ米国へ>  1986年7月,親や先輩に見送られて成田空港から今はない日航ジャンボ機B747で日本を離れました。それ以前に飛行機に乗ったのは,札幌での学会で,大阪伊丹空港から […]

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