無機材会は東京工業大学の窯業・無機材料分野の教職員と卒業生の同窓会です。無機材会は会員が主体です。本部や支部はいくつかの事業を企画して実施しますが、会員間の交流と活動支援が狙いです。会員は本部や支部が企画した事業に参加するだけではなく、ホームページを通じた情報発信も可能で、会員は「会員からの便り」欄への投稿ができます。また、会員のホームページを「会員の個人ホームページ紹介」欄に掲載することで、ネットワークの強化を図ることができます。

窯業・無機材料の母体となったのは東京職工学校に1886年に設置された陶器玻璃工科です。この設立にはゴットフリード・ワグネル (Dr. Gottfried Wagener) が大きく係わりました。1831年に生まれたワグネルはゲッティンゲン (Göttingen) 大学を卒業し、1852年に数理物理学の博士号を取得しました。パリで8年間過ごして研鑽を積んだのち、スイスで数学の教師を1860から1864年まで勤めました。

1868年に長崎に来日してからワグネルは理化学教育に尽力し、ウィーンとフィラデルフィアの2つの万国博覧会では顧問として携わりましたが、特筆すべきは吾妻焼と命名した新しい陶器の研究です。これは後に名称を旭焼と改められました。

有田では製陶の科学的改良に貢献し、1870年に上京して大学南校及び東校のお雇い教師となりました。1878年には京都の舎密局で工業化学製品の製造を教え、1879年には舎密局管轄の陶磁器実験工場を建設しています。1881年には東京大学理学部化学科教授に招かれ、吾妻焼 (旭焼) の製造研究を開始したのは1883年からでした。

1884年に東京職工学校の教師となって窯業学を開講し、1886年には設置された陶器玻璃工科の主任教授となりました。なお、陶器玻璃工科が窯業科と改称されたのは、ワグネルが1892年に永眠した後の1894年でした。

無機材料分野はワグネルが尽力した陶器玻璃工科から窯業科を経て、無機材料工学科となりました。その後の大学改革で材料系 C群と改称されました。

無機材料分野は明治時代に新技術として導入されたセメント、板ガラス、耐火物、洋食器に代表される窯業から、昭和の時代には電子セラミックスやファインセラミックスといった新たな産業分野が生まれました。技術革新を先導する更なる飛躍への期待は無機材会の会員に対するものです。

ワグネル先生の記念碑は先導原子力研究所の脇にあるひょうたん池の前にあります。現在の記念碑は1937年に建立されたものを修理して、1978年4月に完成したものです。なお、ワグネル先生については下記の文献が参考になります。

文献
1) 橋本謙一,セラミックス,3 [7] 530-539 (1968).
2) 加藤誠軌,セラミックス,13 [6] 486-489 (1978).
3) 加藤誠軌,薗田義雄,セラミックス,18 [1] 57-61 (1983).
4) 道家達將,水谷惟恭,セラミックス,49 [9] 749-754 (2014).