熱機関の進化とセラミックエンジン
セラミックエンジンが注目され始めたのは1970年代からだ.ガスタービンエンジンの熱効率を高めるために耐熱性に優れたセラミックスを応用しようとするものであった.これは蒸気機関の開発以来,継続してきた熱機関の性能向上に係わる取り組みの一環であった.まずは熱機関の歴史を振り返るところから話を始めたい.
蒸気の力が強力なことは,1654年5月8日にレーゲンスブルクの帝国議事堂前で市長のオットー・フォン・ゲーリケ(Otto von Guericke)が行ったマクデブルクの半球の公開実験で良く知られるようになった.銅製の半球状容器(マクデブルクの半球)を2つ組み合わせ,その内部の空気を真空ポンプで排気すると2つの半球は容易に離れないという実験である.結果は合計16頭の馬が全力で引いて,やっと引き離すことができた.なお,この実験が実現したのは,ゲーリケが1650年に真空ポンプを発明していたからだ.
1698年にトーマス・セイヴァリ(Thomas Savery)は蒸気機関の特許を取得し,鉱山地帯で排水に用いるセイヴァリ機関を製作したが,破裂事故を起こすなどの多くの故障が続出した.根本的な改良はトーマス・ニューコメン(Thomas Newcomen)が1712年に建造した蒸気機関で成し遂げられた.これはピストンを取り付けたシリンダーの内部を1気圧の水蒸気で満たし,シリンダー内に冷たい水を導入すると水蒸気が凝縮して液体となり,真空の力がピストンを動かす仕組みだ.最初の実用的な蒸気機関であったが,水蒸気を凝縮させるときにはシリンダー全体を冷却することになり,蒸気でシリンダーを満たすときにはシリンダー全体も加熱せねばならず,熱効率は極めて低かった.
セイヴァリの特許は1733年まで有効であり,その時までに少なくとも104台のニューコメン機関が建造された.セイヴァリは実用化には失敗したが,幅広い範囲をカバーする基本特許「火力によって揚水する装置」を取得したことは大成功だった.ニューコメン機関の売り上げから,特許料を得ることができたからだ.
ニューコメンの蒸気機関を改良して熱効率を高めたのはジェームズ・ワット(James Watt)だ.1765年に凝縮器を取り付けたのだ.この改良によって水蒸気の発生と凝縮工程でシリンダーの温度はほぼ一定を保ち,熱容量の小さい凝縮器での加熱・冷却を繰り返すことでの運転が可能となったからだ.しかし,ワットの蒸気機関は真空の0気圧と大気の1気圧の差を利用するものであったから,熱効率は高くはならない.熱力学によれば,高温高圧の状態を作ることが熱効率向上に有効だからだ.蒸気を圧縮して高圧とした熱機関の熱効率が高いのだが,シリンダー内の水蒸気圧を高めれば,シリンダーが破裂する危険があるためワットは高圧蒸気機関の研究を進めなかった.
蒸気機関車に使われた高圧蒸気機関はボイラーで水を沸騰させて水蒸気を作り,その水蒸気が逃げないようにするから水蒸気の圧力は高まる.これを左右に動くピストンを取り付けたシリンダー内に導入する.蒸気を導入する場所がピストンの右側と左側の交互になるよう弁の開閉によって制御してやれば,蒸気の圧力によってピストンの往復運動がシリンダー内で発生する.クランク機構を介してピストンの往復運動を車輪の回転運動に伝達すれば,蒸気機関車は動き始めるのだ.水蒸気の圧力は1900年代の初め頃は12気圧程度で,14気圧を超えると保守費が嵩んで損失が大きくなると見なされていた[1].この高圧蒸気機関を作動させる水蒸気圧力を高めることによって熱効率は高まり,実用的な蒸気機関車や蒸気自動車が実現したのだ.
この高圧蒸気機関の技術を進化させたのは1802年に蒸気機関車を開発したリチャード・トレビシック(Richard Trevithick)だった.1808年に製作した蒸気機関車キャッチ・ミー・フー・キャン(Catch Me Who Can)号は円形に敷いたレールの上を時速8キロほどで走行したが,大きな問題はレールの強度が蒸気機関車の重量に耐えられずに破損したことだ.当時のレールは馬車鉄道用に作られていた鋳鉄製レールを用いていたからだ.その後,1825年にストックトン・アンド・ダーリントン鉄道が開通し,ジョージ・スチーブンソン(George Stephenson)の開発したロコモーション号が運行を始め,1830年に開通したリバプール・アンド・マンチェスター鉄道ではロケット号の運行が始まった[2].
この間にレールの材質は改善されたようだ.1767年頃にリチャード・レイノルズ(Richard Reynolds)が製作を始めた鋳鉄レールは脆かった(それまでは木製のレールを使用していた).1789年に登場した錬鉄は炭素含有量が0.1%程度の軟鉄で,残存スラグが混入しているのでその分だけ硬くなっているがやはり弱い[2, 3].その後,炭素を1.7%ほど含む現在の鋼鉄レールが使われるようになって頑丈となり,レールの破損問題は解決されたようだ.
高圧蒸気機関ではシリンダーに高圧の水蒸気を導入して起こるピストンの往復運動を動力として利用するものだが,巨大なボイラーが必要なのが難点だ.シリンダー内部に注入した燃料を燃焼させて発生する高温を利用して,シリンダー内部の圧力を高める工夫が始まった.往復駆動型内燃機関の始まりだ.ジャン=ジョゼフ・エティエンヌ・ルノアール(Jean-Joseph Étienne Lenoir)は1859年に石炭ガスを燃料とする電気式の点火装置を備えた単気筒2ストロークガスエンジンを製作し,4ストローク・エンジンはニコラス・オットー(Nikolaus August Otto)が1876年に発明した.ディーゼルエンジンは1892年にルドルフ・ディーゼル(Rudolf Christian Karl Diesel)が特許を取得したエンジンで,ピストンによって圧縮加熱した空気に液体燃料を噴霧することで着火させる方式だ.高圧縮比となるので熱効率の高いのが特徴だ.
ガスの圧力を動力に変換する方法としては,風車の仕組みを応用することができる.風車は風の力で羽根車が回転運動を始める.その動力を製粉や排水作業に利用するには,歯車などを介して動力を伝達するのだ.同様な原理で,水蒸気の圧力で羽根車(タービン)を回すことで動力を得る蒸気タービンも実現可能だ.1889年には発電用の蒸気タービンが実用化され,その後の火力発電は石炭を燃料とするボイラーと蒸気タービンの組合せが主流となった.原子力発電は原子炉の熱でボイラーを加熱するのだから,ウランを燃料とするボイラーと蒸気タービンの組合せだ.
高温の燃焼ガスでタービンを回して回転運動エネルギーを得る内燃機関がガスタービンだ.構造は蒸気タービンに似ている.軸で接続された2枚の羽根車(圧縮機とタービン)に挟まれた空間に燃料を供給して燃焼させると,高温となった燃焼ガスの圧力が高まる.その高圧となったガスがタービンの羽根車の隙間を通って排出されるときに圧縮機の羽根車が回転する.高温ガスの出口側の羽根車の回転に伴い,それに接続された入り口側の羽根車から空気が導入されるのだ.その結果,2枚の羽根車は高速で回転し,燃焼ガスが出口から勢いよく噴出する,このガスの噴出の反作用を推進力に使うのがジェットエンジン,羽根車の回転を利用して発電機を回して電力を得るのがガスタービン発電だ.実際のガスタービン発電ではガスのエネルギーを無駄なく回転エネルギーに変換するために,燃焼ガスの下流域に何枚もの羽根車(タービン)を並べて動力に変換する工夫がなされる.
ターボジェットエンジンは吸入空気を圧縮機で圧縮し,燃焼室に導いて燃料と混合して点火,その爆発によって生じた排気流をそのまま推進力として用い,その推進力の一部を圧縮機の駆動へと還元する最も基本的なジェットエンジンの形式だ.1937年にドイツの航空機に搭載されたが,問題はタービンの耐熱材料だった.ニッケル合金などの耐熱金属が用いられたが,その耐熱性を高めるために第2次世界大戦中のドイツでは金属とセラミックスの複合材料であるサーメットの応用が盛んに検討された[4].
その後,高温となるガスタービンのタービン翼の内部に冷却空気を通す通路を設けて,内側からタービン翼を冷却し,さらにタービン翼の表面を遮熱性の高いセラミックスで被覆する技術が開発された.ガスの温度は高くなっても,エンジン部材を空気で冷却して保護する方式が発達したのだ.
次に検討されたのが,1980年頃から盛んになった窒化ケイ素や炭化ケイ素に代表される耐熱性に優れる構造用セラミックスを用いたセラミックスエンジンの構想だ.複雑な冷却方式が不要となることが利点だったが,サーメットと同じく脆性破壊が克服できず,実用化には至っていない.
窒化ケイ素はターボチャージャロータなどの自動車部品に応用され,ベアリングや切削工具としては現在でも使用されている.研磨剤として20世紀初頭から利用されている炭化ケイ素は電気炉の発熱体としてもお馴染みだが,微量の焼結助剤を添加して緻密な焼結体を製造する画期的技術が1970年頃にSvante Prochazkaによって開発された.その後,炭化ケイ素マトリックスに埋め込まれた微細な炭化ケイ素繊維から構成される複合材料(CMC: Ceramic Matrix Composites)のジェットエンジンへの応用が検討されるようになり,サーメットに始まるセラミックスエンジンの系譜は脈々と継承されている.
産業革命の時代に開発の始まった熱機関の用途は輸送機械と発電用に向けて進化し,その後は以下のような棲み分けとなった.自動車のような小型の輸送機械にはガソリンエンジン,トラックや船舶のような大型の輸送機械には軽油およびC重油を加熱流動化して利用するディーゼルエンジン,航空機には精製した灯油(ジェットオイル)を利用するガスタービン(ジェットエンジン),発電には石炭火力および原子力をボイラー燃料とする蒸気タービンと天然ガスを利用するガスタービンだ.用途に合わせて適した熱機関を利用するだけでなく,それに用いる燃料も採掘された化石燃料を無駄なくバランスよく利用する仕組みが構築されている.
しかし,その後の技術進歩は停滞し,新たな原理の熱機関は登場していない.1980年に動力の歴史をまとめた富塚清によれば,19世紀の末には原動機の原型が出現して百花繚乱を呈していたが,20世紀前半の改良競争で生き残った様式がその後も使われている[5].そして20世紀後半にもさまざまな熱機関の改良研究は行われ,往復駆動型の内燃機関とタービン機関の性能向上は著しかったものの,新たな原理の熱機関は実現しなかった.実際,ハイブリッドカーはガソリンエンジン自動車の燃費改善の切り札だ.コンバインドサイクル発電はガスタービン発電の排熱を利用し,火力発電を組み合わせて発電効率を高めたものだ.しかし,いずれも組み合わせの妙によるものだ.
排出ガスのクリーン化や安価な燃料の利用も重要だが,それぞれの熱機関の性能向上への指針は高温高圧で作動する機関への改良だった.ガソリンエンジンでは圧縮比を高めても異常燃焼によるノッキングが発生しないように,オクタン価を高める燃料改質[注1]とノックセンサーによる燃焼制御が行われた.蒸気タービンのボイラーとタービンには高温腐食と水蒸気酸化に耐える材料(耐熱鋼など)が開発され,現在の蒸気温度は約600℃,蒸気圧は約24.5MPaにまで高められた[注2].ガスタービンでは高温に曝される部材に耐熱性に優れる超合金が応用されたが,さらに高温に耐えるように高温翼には冷却機構が追加された.ディーゼルエンジンは原理的に熱効率が高いので,燃焼の改善に注力され,高圧で多段噴射を行うピエゾ式インジェクターのような燃料噴射装置の改良が行われている.
熱機関は一般的に言えば,燃料の化学エネルギーを熱に変換し,その熱を機械動力に変換する仕組みだ.その機械動力で発電機を回せばエネルギーは電力に変換される.燃料の化学エネルギーを直接,電気エネルギーに変換する燃料電池では,効率の上限がカルノーサイクルによって制限されることはないから,化学変化における自由エネルギー変化のすべてを電気エネルギーに転換することが期待できる.
最初に成功を収めた燃料電池はリン酸型だ.このリン酸型燃料電池は水素と酸素の電気化学反応による直接発電だが,作動温度が約200℃と高いため都市ガスなどの炭化水素を改質して製造された水素を主成分とする改質ガスを燃料として利用できる特長がある.その後はジルコニアのような固体電解質を用いたSOFC,イオン交換膜を電解質に用いた自動車用の燃料電池などの開発も進められた.
人間が利用した動力の歴史は,人力から牛馬による畜力,そして水力や風力へと拡大した.その後は,蒸気機関以来のさまざまな熱機関が利用された後に,電気モータに移行し始めたようだ.発電に利用されている熱機関も,燃料電池や太陽電池に置き換わり,化学エネルギーや光学エネルギーの電気への直接変換の時代に向かいつつあるのが現在のようだ.圧電素子や熱電材料もエネルギー変換手段の候補となるが,主流の技術となるにはまだ能力が不十分のようだ.なお,風力発電の始まりは水力発電と同じく19世紀末だったが,普及は水力に大幅に遅れ,20世紀末になってからだった.
ガソリンエンジンとディーゼルエンジンでは,圧電セラミックスを応用したノックセンサーとピエゾインジェクターが最後に登場して性能向上に寄与した.ガスタービンの遮熱コーティング(Thermal Barrier Coating)も低熱伝導性のジルコニアセラミックスで被覆するもので,タービン翼内部に空冷の通路を設けた後に登場した技術だ.サーメットから非酸化物系セラミックスを経てセラミックス基複合材料へ至るガスタービン用高温部材の開発研究の系譜も,最終段階を締めくくる技術開発としてセラミックスが登場したものと位置づけられるようになるのかもしれない.
[注1] 原油に含まれる炭化水素分子の多くは鎖式飽和炭化水素(アルカンあるいはパラフィン)とシクロアルカンだ.これを接触分解によって二重結合を1つ持った不飽和炭化水素(アルケンあるいはオレフィン)への改質,リフォーミング(接触改質)によって芳香族炭化水素とすれば,オクタン価は高まる.現在の自動車用ガソリンはオクタン価を高めるために原油から抽出した揮発性成分にオクタン価を高める成分を配合して調整したものが使われている.かつてオクタン価をあげるためテトラエチル鉛(化学式(C2H5)4Pbで表される有機鉛化合物)などのアルキル鉛を燃料に添加した有鉛ガソリンが利用されていたが,毒性があるために禁止され,現在の無鉛ガソリンとなった.
[注2] 水の臨界温度は374℃で臨界圧力は22MPaだから,蒸気タービンの運転条件では水は超臨界流体となっていて,腐食力が極めて高い.現在は蒸気温度を700℃,蒸気圧を35MPaにまで高める技術開発が進められている[6].
文献
1) 朝倉希一の蒸気機関車の技術史(技術随筆 汽車 交友社 昭和31年刊 p46-77)
http://ktymtskz.my.coocan.jp/asakura/e3.htm
2) 神谷次郎,ジョージ・スチーブンソンと蒸気機関車
ktymtskz.my.coocan.jp/E/GG/napo3.htm
3) 片岡宏夫,レールの断面形状と材質(鉄道技術 来し方行く末 第1回),Railway Research Review, 69 [4] 28-31 (2012).
4) 浜野健也,戦時下ドイツのタービン翼用窯業製品の研究,窯業協会誌,62 [701] 674-678 (1954).
5) 富塚清,動力物語,岩波新書 (1980). (「動力の歴史」として,三樹書房から再刊されている)
6) ターボ機械を知ろう!蒸気タービン,ターボ機械協会
https://www.turbo-so.jp/turbo-kids5.html
(岡田 明)