揺れ動く自動車の新動力と電動車

10年ほど前に自動車技術の解説記事を書いたことがある[1].エンジン部品としてのセラミックスや金属部品の加工工程に用いられるセラミックスについての解説が中心だが,安全にかかわる電子技術と動力技術の動向についても付記しておいた.自動車のエンジンや変速機,車体の基本構造(モノコックボディやラダーフレームなど)などの開発には5年,10年といった長い期間が必要だから10年間で自動車技術が大変革を遂げる可能性は低いが,この10年間での自動車動力の技術開発の方向性は大きく転換したようだ.

きっかけの1つは2015年9月にフォルクスワーゲン社のディーゼルエンジンの不正問題が発覚したことだ[2].それまで欧州ではディーゼルエンジンの燃費が良いことを理由に,二酸化炭素の排出量が低いため環境に優しい動力だと喧伝され,多くの乗用車にディーゼルエンジンが搭載されていた.ところが実際には排出ガス試験時にはNOx(窒素酸化物)排出を抑えるソフトウェア(ディフィート・デバイス)を働かせて規制をクリアしながら,公道では規制値の数十倍ものNOxを排出していたことが発覚したのだ(本件の説明は長くなるので次号に掲載).

ドイツの自動車業界は不正行為によってその信頼が崩れ,欧州はディーゼルエンジンから電動車への急展開に舵を切ったようだ[3].電気自動車の購入に向けた補助金制度は日本と米国が先行していたが,ドイツは2020年までに100万台の電気自動車を普及させるため,2016年7月から10年間の電気自動車の購入補助金を急遽導入した.その結果,2016年の2万5154台から2017年に5万4492台,2018年に6万7504台,2019年に10万8629台,2020年に39万4642台,2021年は60万222台(11月まで)と急速に電気自動車の販売台数を伸ばした[4].

2017年には内燃機関車の使用を認めない協議が英仏で始まり,ドイツでは旧型ディーゼル車の市街地への乗り入れを禁止した[5].2015年に締結されたパリ協定では2030年までに自動車メーカーの企業平均燃費を大幅に引き下げる燃費規制(CAFE: Corporate Average Fuel Efficiency)が公表され,電気自動車以外でこの規制をクリアすることは至難の業となった.

そこで欧州自動車産業が打ち出した戦略がCASEだ.これは2016年に作られたダイムラーによる造語だ.Cはコネクティッド(Connected),Aは自動運転(Autonomous),Sはシェアリング(Shared & Services),そしてEは電動化(Electric)を意味する.すなわち,クルマはインターネットに常時接続されるIoTの端末となり,自動運転への進化が起こり,所有して運転するPOV(Personally Owned Vehicle)からレンタカーやカーシェアへの緩やかな移行を経て,ロボットタクシーへのライドシェアなどの移動サービスMaaS(Mobility as a Service)に変貌するのだ.そして,動力は内燃機関から電気モータに変貌を遂げるというのがCASEの概要だ.

電動車といっても,リチウムイオン電池を搭載した電気自動車以外の選択肢は現実的ではない.電動車は電気モータで走る車だから,電力の供給が課題である.大量のバッテリーを搭載した電気自動車の走行距離は長いが,バッテリーの重さで車両は重くなり価格も高くなる.発電機を搭載すれば軽量化は進むが,日産のe-POWERのようにガソリンエンジンを発電機に用いれば走行中の二酸化炭素の排出が避けられず,燃料電池車のコストはまだ高いからだ.リチウムイオン電池のエネルギー密度と安全性の向上,電気モータの小型化と効率化などが課題だが,簡単に解決できる課題ではない.

電気自動車が普及すれば,電池用のリチウムやコバルトなどの遷移金属(正極にはニッケルやマンガンなども利用できる),およびモータに使われる永久磁石用の希土類の確保が重要となるから,大量の資源の採掘と精製が必要となり,充電するための発電所の建設も進めなければならない.電気自動車用の資源となる元素の鉱石中の濃度は低いので,採掘と精製に要するエネルギーは無視できない.発電についても,水力発電の適地はほとんど利用し尽くされ,火力発電は二酸化炭素を排出し,原子力発電は放射性廃棄物が発生する.太陽電池は雨や曇りの天気では発電量が少ないから,晴天が続く乾燥地向きだ.風力発電は穏やかな偏西風が年中吹いているところはよいが,わが国では台風対策も必要だ.

そもそも電気自動車は電力問題の解決策として見直されたのだった.電力供給の抱える課題の1つは,需要の増減に応じて発電量を適切に調整することだ.需要が少ない夜間や休日などの時間帯は,発電機を停止させて対応するか,余剰電力を貯蔵する必要がある.しかし,原子力発電を頻繁に停止することは現実的ではなく,蓄電池への電力貯蔵にはコストがかかるので,水力発電の一種である揚水発電によって主にその調整を行ってきた.夜間の余剰電力で下部貯水池から上部貯水池へ水を汲み上げ,需要が増加した時間帯に水を落として水力発電を行うのだ.電気自動車が普及して,その蓄電池を夜間電力で充電するようになれば,揚水発電に頼ることなく電力需要の平滑化に貢献すると期待された.原子力発電による電力供給が将来的に増加する前提で想定されたシナリオだ.

電気自動車への動力転換は鉱物資源と電力問題も関係するから,自動車のみを独立して論ずる問題ではないようだ.自動車に市場原理が働けば,消費者の選択によって自動車技術の進化の方向は決定されるのだが,宇沢弘文が指摘するように社会的費用も発生する商品なのだ[6].交通事故に加え,公害や環境問題などの外部不経済を取り込んで規制が進めば,蒸気自動車黎明期のイギリスで施行された赤旗法の再来のように技術進化の方向は影響を受ける.外部不経済を市場原理に取り込む仕組みを導入すれば,資本主義経済は健全な発展を継続するのだろうが,民主的な方法で新たな資本主義経済システムを構築する良いアイデアは思い浮かばない.

文献
1) 岡田明,自動車の技術進歩とセラミックス,セラミックス,47 [6] 398-405 (2012).
2) ジャック・ユーイング,フォルクスワーゲンの闇,日経BP社 (2017).
3) ドイツ車が急速に電気自動車へシフトしつつあるのは何故なのか?
  https://www.gaisha-oh.com/soken/german-cars-electric/
4) 黒木 昭弘,欧州、特にドイツにおける電気自動車の急激な普及
  http://www.gepr.org/ja/contents/20211228-01/
5) 中西孝樹,CASE革命 2030年の自動車産業,日本経済新聞出版 (2018).
  https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/32251 
6) 宇沢弘文,自動車の社会的費用,岩波新書 (1974).

(岡田 明)

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