電気自動車と永久磁石と超伝導

ガストン・プランテ(Gaston Planté)による鉛蓄電池の発明は1859年だったが,充電式電池を搭載した電気自動車の実用化が進んだのは1880年代になってからだった.ニューヨークでトーマス・エジソン(Thomas Alva Edison)が蒸気機関による発電機を使った送電事業を始め,電気の時代が到来した1881年頃からだ.

鉄亜鉛一次電池による電気自動車をロバート・ダビットソンが開発したのは1873年であり,1899年にはジェナッツィの開発した電気自動車ジャメ・コンタント号が当時の最高となる時速106kmを達成した.カール・ベンツ(Karl Friedrich Benz)がガソリンエンジンの三輪車を販売し,ゴットリープ・ダイムラー(Gottlieb Wilhelm Daimler)が四輪車を開発したのが1886年だから,電気自動車の歴史はもっと古い.

蒸気自動車の歴史はさらに古い.1769年に製作された三輪蒸気自動車(キュニョーの砲車)が最初の蒸気自動車だ.その後,リチャード・トレビシック(Richard Trevithick)が1801年に高圧蒸気機関を動力とした蒸気自動車を試作し,1827年頃からは馬なし馬車と呼ばれた乗合自動車がイギリス各地を結ぶ定期運行を開始した.しかし,1865年に赤旗法が制定されると走行速度が厳しく制限され,運行は事実上不可能となって自動車の開発拠点は大陸に移った.

20世紀初頭まで自動車動力はガソリン自動車,蒸気自動車,電気自動車の3つのメカニズムが競い合う時代が続いたが,ガソリン自動車の技術進歩によって電気自動車の開発は蒸気自動車とともに失速した.ただし,牛乳配達用の電気自動車(Milk Float)はイギリスで活躍を続けている鉛蓄電池を使った近距離用の低速走行車で早朝に運行されている.

その後に出現したニッケル水素電池は鉛蓄電池より高性能であったが,電気自動車用としては性能が不十分のため,電気自動車の本格的な巻き返しはリチウムイオン電池の実用化が進んだ1990年代以降となった.テスラ・ロードスターが2008年に生産開始,三菱・i-MiEVは2009年に販売開始,日産・リーフは2010年からの販売開始だった.しかし,それまで電気自動車の開発が全く行われていなかったのではない.

「たま電気自動車」が登場したのは1947年のことだった.戦後の日本ではガソリン不足のため電気自動車や蒸気自動車が復活したのだ.たまは回転子と固定子の双方に電磁石を用いた直流直巻モータ(電磁石界磁型DCモータの一種)で駆動する方式で,搭載した鉛蓄電池を満充電すると65㎞の走行が可能だった.

2000年に販売を開始した日産・ハイパーミニにはネオジム磁石同期モータが使われ,リチウムイオン電池を満充電すると115㎞の走行が可能だった.永久磁石としては,1931年にアルニコ(Alnico)磁石,1952年にバリウムフェライト磁石,1970年代前半にはサマリウムコバルト磁石が開発されていたが,強力なネオジム磁石が1984年に発明されて回転子に使えるようになったのだ.

電動機(電気モータ)は通電すると回転して動力を生み出す装置だが,力の源は磁力だ.回転子(Rotor)と固定子(Stator)が磁力で引きあって回転する.磁力の源としては電磁石と永久磁石があるが,回転子と固定子のいずれかあるいは両方に電磁石が用いられる.モータの形式はさまざまだが,いずれも電磁石のコイルに通電する方向を逆転させると,SとNの磁極が反転することを利用している.

機械的整流子とブラシの組み合わせによって,電流の流れを逆転させて磁極を反転させる方式は小型の直流モータでお馴染みだ.永久磁石界磁型DCモータは回転子に電磁石,固定子に永久磁石を用い,回転子が反転すると回転子に取り付けられた機械的整流子とブラシの接触箇所が変化して電磁石に流れる電流の方向が逆転し,回転子の磁極が反転することで回り続ける仕組みだ.自動車の小型モータはこのタイプだ.

回転子と固定子のいずれも電磁石を利用するモータは初期の電気自動車に使われていた電磁石界磁型DCモータだ.ユニバーサルモータは電磁石界磁型DCモータを交流で動かすものだ.電気掃除機やジューサーなどに使われているもので,機械的整流子とブラシの接触で騒音が発生する.

機械的整流子とブラシの組み合わせでは,こすれ合うときの騒音の発生が避けられないが,これを改善したものが音の静かなブラシレスDCモータだ.ホール素子を用いて回転子の位置を検出し,それによって固定子の電磁石の磁極を反転させる方式だ.電流の流れを反転させるのは,ホール素子の信号を受け取って動作する駆動用インバータだ.固定子で回転磁界を作り出し,それに回転子の永久磁石が追従してモータの回転運動が起こる.

固定子が回転磁界を作り出し,回転子がそれに追従する方式ならば,回転子には永久磁石以外に電磁石やかご型ロータを利用することができる.かご型ロータはコイルとして作動し,回転磁界によって誘導電流が流れ,それによって磁石として機能するからだ.

同期モータは電源周波数に同期して回転する.固定子に電磁石を用い,その磁極が周波数に同期して変化すると回転磁界が生まれ,回転子はその周波数に追従して運動するので,回転速度は一定となる.他方,誘導モータの構造はシンプルだがメカニズムは複雑だ.誘導モータでは固定子に電磁石を用い,回転子にはかご型ロータを用いる.固定子がつくる回転磁界に遅れて回転子が回転するので,回転速度は一定にならない.

電気自動車の駆動モータの主流は交流式のブラシレスモータだ.リチウムイオンバッテリーに蓄えた360Vの直流電源をインバータによって3相交流に変換して,モータを駆動する.永久磁石を取り付けた回転子の周囲に3相交流で駆動する固定子を配置して回転磁界を作り出す.回転位置センサで回転子の位置を検出し,3相交流の周波数をコンピュータで制御すれば,追従して運動する回転子の回転速度を自在に制御することができる.

昨今の電気自動車の実用化はリチウムイオン電池の出現が主な要因だが,強力な永久磁石が発明されて,それを応用した高効率モータの出現も寄与していることは忘れがちだ.

話は変わるが,2027年に品川駅-名古屋駅間の営業運転を開始する予定の中央新幹線は超電導リニアだ.車両に設置した強力な超伝導磁石が,軌道側に設置された推進コイルに発生した誘導電流によって生じた磁場と反発して車体は浮き上がる.そして軌道側に設置された推進コイルの磁極は地上変電所のインバータによって入力される電流の周波数に応じて切り替わり,それが車両側に推進力を与える.

この超伝導電磁石はNb-Ti合金系の極細多芯線を銅母材に埋め込んだもので,液体ヘリウムの入った内槽容器に入っていて,その内槽容器は液体窒素で約77K (−196℃) に冷却されている.強力な磁場を作るために超伝導磁石を利用するのだが,液体ヘリウムによる冷却が必要となる.

1987年に発見され,その後も研究開発が続けられている液体窒素温度で超伝導状態になる高温超伝導体を利用すれば,液体ヘリウムによる冷却は不要となる.さらに室温超伝導が実現すれば冷却不要だ.110Kで超伝導になるビスマス系超伝導体(Bi2Sr2Ca2Cu3O10)の線材化技術は進んでいるようだが,2005年に磁気浮上式鉄道の走行実験が行われてから,久しく朗報を聞いていない.

超伝導の発見は1911年で,水銀の電気抵抗が4.2Kで消失することをオンネス(Heike Kamerlingh Onnes)が見つけた時に始まる.1953年には17Kで超伝導を示すNb3Snが発見されたが,この材料は線材化が困難だった.しかし,1962年に10Kで超伝導を示すNb-Ti合金が発見されると,これを線材化して超伝導磁石が実現した.その後,液体窒素温度で超伝導を示す銅系複合酸化物の高温超伝導体が続々と発見され,MgB2も39Kで超伝導を示すことも見出され,鉄系超伝導体の発見へと続いた.

金属化された水素を室温超伝導体の候補として提案したのはN. W. Ashcroftだ[1].BCS理論によれば,超伝導が格子振動によって媒介される場合,その転移温度は格子振動の振動数に比例する.格子振動を高くするには質量の小さい水素原子で固体を作ればよい.したがって,金属水素には室温超伝導が期待されるのだ.さらに,水素原子では伝導電子が1sなので,内殻電子による遮蔽を受けず原子核と直接相互作用することも,電子と格子の相互作用が大きくなってクーパーペアの形成に有利に働くと考えられる.

しかし,水素を金属化するための圧力は極めて高いと考えられたので,その代わりに水素の化合物に圧力をかけて超伝導を実現するというアイデアがJ. J. Gilmanによって提案され,2015年にはH3Sが圧力155 GPa で203K[2],2019年にはLaH10が圧力170GPaのもとで転移温度250 Kの超伝導を示すことが発見され[3],2020年には水素-硫黄-炭素の三元系が臨界温度287.7 ± 1.2Kの超伝導を示したのだ[4].267 ± 10GPaの高圧下ではあるが,高温超伝導より高い温度で起こる室温超伝導だ.

これからの電気モータの技術革新は強力な永久磁石と超伝導磁石が鍵を握っているように思われる.1984年のネオジム磁石の発明と1987年の高温超伝導の発見以来の大きな飛躍が,そろそろ出現するのではないだろうか.同窓の材料研究者への期待は高まる.

文献
1) 有田 亮太郎,高圧下水素化物の室温超伝導,共立出版 (2022).
2) A. P. Drozdov, M. I. Eremets, I. A. Troyan, V. Ksenofontov and S. I. Shylin, Conventional superconductivity at 203 kelvin at high pressures in the sulfur hydride system, Nature, 525, 73–76 (2015).
3) A. P. Drozdov, P. P. Kong, V. S. Minkov, S. P. Besedin, M. A. Kuzovnikov, S. Mozaffari, L. Balicas, F. F. Balakirev, D. E. Graf, V. B. Prakapenka, E. Greenberg, D. A. Knyazev, M. Tkacz and M. I. Eremets, Superconductivity at 250 K in lanthanum hydride under high pressures, Nature, 569, 528–531 (2019)
4) Elliot Snider, Nathan Dasenbrock-Gammon, Raymond McBride, Mathew Debessai, Hiranya Vindana, Kevin Vencatasamy, Keith V. Lawler, Ashkan Salamat and Ranga P. Dias, Room-temperature superconductivity in a carbonaceous sulfur hydride, Nature, 586, 373–377 (2020).

(岡田 明)

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