自動運転車と近未来社会
未来予測や達成目標に向けてのビジネスプランがその通りに実現されることは稀なことだ.単純化された前提の上に構築されるものなので想定外の問題が発生することが普通だからだ.間違いを犯すことが特徴の人間に無謬性を期待すること自体が間違いなのだ.そのため,計画を進めてからその進捗を振り返って評価し,計画の修正や変更が必要となるのは当然のことだ.いわゆるPDCAサイクルによる業務の改善である.ただし,計画の修正や変更を行う場合には,予測と実際の不一致についての説明責任が生ずることは言うまでもない.
10年ほど前に自動車技術の解説記事を書いたことがある[1].エンジン部品としてのセラミックスや金属部品の加工工程に用いられるセラミックスについての解説が中心だが,安全にかかわる電子技術と動力技術の動向についても付記しておいた.当時の自動運転の技術水準は半自動運転の段階であり,原理的に無人の自動運転は実現可能とまでは言及したが,この10年間で自動運転の実現に向けた動きが急速に活発化したことは予想外であった.この予測の外れた理由は何だったのだろうか.
当時は,開発担当者が自動運転の実用化を進めたいと考えていても,経営者は自動運転で事故が起これば製造者責任が問われ,監督官庁も自動運転を認可した責任を問われるリスクがあるから,実用化への歩みは遅々として進まない状況が続くと予想していた.開発担当者がいくらアクセルを踏み込んでも,経営者と官庁の協力が強力ならばブレーキが強く働くからだ.
実際,道路交通法には,自動車の運転者は運転免許証を有し,酒気を帯びた状態などで運転をしないことなど運転の心得や運転方法についての詳細が書かれている.これらは運転するのは人間であることを前提としたものだ.また,製造物責任法には製造物の欠陥が原因で生命,身体又は財産に損害を被った場合に,被害者が製造業者等に対して損害賠償を求めることができると書かれているから,自動運転で交通事故が起これば製造業者は被害者から損害賠償を求められるリスクがある.そのため自動運転での事故がほぼ皆無でなければ,製造業者は自動運転車の販売を躊躇しがちで,自動運転を許容するような法改正も慎重になりがちなのは容易に想像される.
しかし,運転者不在で自動車を動かすことを自動運転というのならば,これは特段難しい技術ではない.実際,鉱山のダンプトラックでは普通に行われており,航空機や新交通システムでも自動運転の歴史は古い.航空機を一定の高度に保ってまっすぐに飛ばすことのできるオートパイロットシステムは1912年に導入され,運転者のいない最初の自動車は1925年の無線操縦車であった[2].
1989年開業の横浜シーサイドライン,1995年開業のゆりかもめなどは鉄道の自動運転の先駆けだ.2002年にコペンハーゲン地下鉄の営業運転に投入され,イタリアや台湾の地下鉄などでも営業運転が行われているドライバーレス・メトロは管制センターでの監視下での無人自動運転システム,2005年開業の東部丘陵線のリニモは無人運転のリニアモーターカーだ.
ナビヤアルマ(Navya Arma)は自動運転で走る最大15人乗りの電動バスだ.推奨される運行速度は時速18km,オペレーションルームで遠隔監視し,緊急時はオペレータが操作する.茨城県境町の公道や羽田イノベーションシティで運行している.
配送センターや倉庫では自動搬送ロボットが既に自動走行している.人のいないところでは警備や清掃業務を担当するロボットも走り回っている.自動配送ロボットやドローンによる宅配も試験運用が始まり,人が乗車しない自動運転の輸送ロボットならば,普通に走り始めているのだ.
機械の進化がオペレータの操作するものから自動化に移り行くのに例外はなさそうだ.電話機は電話回線同士を交換手が手作業で繋いでいたが,接続作業を自動で行う自動交換機が出現してからは交換手が不要となった.駅のきっぷ売り場でも駅員が販売することは少なくなり自動販売機に置き換わった.エレベータもドアの開閉などが自動化された押しボタン式全自動エレベータが出現すると,運転操作を行う担当者(かつてデパートのエレベータには専属のエレベータガールがいた)は不要となった.
歩行者や予期せぬ障害物のないところならば自動車の自動走行は既に実用化されていても何の不思議はないが,道路状況に突然の変化が起こればそれに対応することは容易ではない.信号や標識を読み解き,工事中のところでは作業員の指示に従わねばならないからだ.予期せぬ歩行者の飛び出し,前方を走るトラックからの落下物などにも適切な対応が必要であり,サイバー攻撃等による自動運転を制御するコンピュータの動作不良への対策も必要だろう.そして,事故が起こってしまったときには,当て逃げやひき逃げとならないような適切な対応が自動運転ソフトに組み込まれることが必要だ.
既に実用化されている運転支援システム(先行する車両との安全な距離を維持しながら車線を逸脱することなく走行する運転支援システム,検知した駐車スペースへの駐車を自動制御で行うシステムなど)では,運転者の操作は不要であっても,運転者はいつでも運転操作ができるような準備をしていなければならない.これを完全自動運転システムと称すれば運転者は不要となり,事故が起こればその責任を自動車の製造者が負うリスクがある.管制センターが監視・制御する無人運転ではなく,コンピュータにすべてを委ねた自動運転ではコンピュータはその責任を取らず,そのソフトとハードの製造者に全責任が帰せられるのだ.
いままで自動で自動車を動かす技術が運転支援システムと称されたのは,運転者の操作ミスで事故を起こすより,自動運転システムの不備で事故を起こす可能性が高いと判断されていたのであろう.しかし,交通事故の原因の多くは運転者の操作ミスだが,事故の発生件数,負傷者数,死者数のいずれもが減少し続けている.このデータは運転者の操作ミスの頻度が少なくなっていることを示唆するが,自動車の安全運転装置の普及も関係しているようだ.最近はブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故や高速道路の逆走などの報道が喚起するように,運転者より自動車の安全装置の方が信用できる技術水準に達したことが示唆されているようだ.
自動走行システムの開発が盛んになったのは,2013年5月に米国運輸省NHTSA(道路交通安全局)が発表した自動運転の指針(Policy on Automated Vehicle)が契機のようだ[3].そこでは自動車の自動化レベルの段階(準自動化のLevel 1から完全自動運転のLevel 4まで)が提示された.日本政府もそれに準じた安全運転支援システム・自動走行システムの4段階を「官民 ITS 構想・ロードマップ」で翌年に発表した[4].米国と同様のレベル1からレベル4までの4段階である.
その後,2016年にSAEが自動運転技術についてのSAE J3016という規格[5]を制定してからは,NHTSAも日本政府もそれに従い,完全自動運転のレベルをシステムが対応できない場合には自動的に停止して人間が運転する限定的な自動運転(レベル4)と何の制限もない完全運転自動運転(レベル5)に2分割されて,5段階の設定となった[6].
完全自動運転が実現すれば自動車の運転はエレベータの運転に似てくる.エレベータでは行先の階のボタンを押すと自動でドアが閉まって動き出し,目的の階に到着すれば自動でドアが開く.新交通システムの自動運転ではボタンを押す必要もない.自動でドアが閉まって動き出し,目的の駅に到着すれば自動でドアが開く.エレベータが上下方向の移動で,新交通システムや完全自動運転車は水平方向の移動という点が異なるだけだ.
完全自動運転が実現した社会では自家用車は存在するのだろうか.スマホで自動運転車を呼び出し,自動でドアが開いて乗り込むと,目的地まで行ってドアが開いて降車する.自動運転車は自動で何処かに走り去ってしまう.こうなれば自家用車も駐車場も不要のようだ.タクシーやバスの運転手は職を失い,トラックの運転手は荷物の上げ下ろしに専念するようになるが,それもロボットがサービス業に進出するまでの期間限定だ.
自動車を所有して運転するPOV(Personally Owned Vehicle)から自動運転への進化が起こり,移動サービスに変貌するMaaS(Mobility as a Service)の時代が到来したとしよう.現在のPOVの稼働率は4%程度で,96%の時間は駐車だ[7].MaaS車両のロボットタクシーの稼働率を40%とすれば,POVがすべてMaaSに置き換われば自動車の台数は10分の1に減少し,駐車場については10分の1以下に減少することになる.MaaS車両は出先で滅多に駐車しないからだ.
完全自動運転車が普及すれば道路インフラが様変わりするとも指摘されている[2].道路幅は2.1mまで縮小することが可能であり,自動車のシェアが進めば必要な駐車スペースも減少する.信号機や交通標識,ガードレールの類も必要がなくなって,道路や橋などのインフラの維持・改善にかかるコストは大幅に低減する.
完全自動運転車は安全性が平均的な人間のドライバーの2倍となった段階で合法化されるべきだとの見解もある[8].交通事故の多くは人為的ミスによるもので,4つのD(Drinking:飲酒運転,Drugged:薬物運転,Drowsy:居眠り運転,Distracted:ながら運転)が大半だからだ.これらのリスクは,知能を持ったソフトウエアが運転することで軽減できる.機械学習によってコンピュータは多くの経験から学び,ディープラーニングによるビッグデータ解析によって不測の事態への対応能力も高まる.コンピュータはハッキングされて暴走するリスクも否定できないが,人間のドライバーも暴走するリスクがあるから,比較は確率によらねばならないのだ.
この10年間で自動運転の実現に向けた動きが急速に活発化したのは,自動運転の指針が示されたからだ.現在の段階は準自動化の段階だが,その先に完全自動化が位置付けられ,完全自動化を目指した技術開発競争へのお墨付きが得られたのだ.そして,運転の操作ミスによる事故がクローズアップされ,機械の方が信頼できるといった風潮も現れ始めてきたからだろう.
無人の自動運転車やドローンが飛び回る社会は,すぐそこまで来ているのかもしれない.これをビジネスチャンスと捉えて計画を練っている輩もどこかに潜んでいるのだろう.それとも格差是正を図る新たな赤旗法が制定されて時代を逆行する制度が新たな時代の幕開けとなるのか,あるいは格差拡大に対抗するラッダイト運動の再開による混迷の時代を迎えるのか,先のことは不透明だ.実際,タクシーの普及している都市では,オンデマンド配車サービスは冷遇されがちだから,無人の自動運転車が実現すればそれが冷遇される可能性も否定できない.自動運転車の普及はプライバシーが記録される監視社会への道を加速させ,ドライバーの失業問題も解決すべき課題だ.しかし,この転換を好機と捉えれば一攫千金を狙っての参入が可能だ.銀塩カメラからデジカメ,機械式時計から電子時計への転換を凌駕する大転換が起こるかもしれないからだ.
文献
1) 岡田明,自動車の技術進歩とセラミックス,セラミックス,47 [6] 398-405 (2012).
2) サミュエル・I・シュウォルツ,ドライバーレスの衝撃,白揚社 (2019).
3) U.S. Department of Transportation Releases Policy on Automated Vehicle Development
http://www.carsandracingstuff.com/library/articles/22707.php
4) 官民 ITS 構想・ロードマップ~世界一安全で円滑な道路交通社会構築に向けた自動走行システムと交通データ利活用に係る戦略~
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/kanminits_140603.pdf
5) Taxonomy and Definitions for Terms Related to On-Road Motor Vehicle Automated Driving Systems J3016_201401
https://ca-times.brightspotcdn.com/54/02/2d5919914cfe9549e79721b12e66/j3016-202104.pdf
6) 自動運転レベルの定義を巡る動きと今後の対応(案)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/detakatsuyokiban/dorokotsu_dai1/siryou3.pdf
7) 中西孝樹,CASE革命 2030年の自動車産業,日本経済新聞出版 (2018).
8) ホッド・リプソン,メルバ・カーマン,ドライバーレス革命,日経BP (2017).
(岡田 明)