フェライト磁石と東工大(その1)

磁性材料の主な用途は永久磁石と電磁石や変圧器などの磁心だ.永久磁石はいったん磁化されるとその状態が長く保たれるタイプで,強力な永久磁石は保磁力と残留磁束密度が大きい.他方,電磁石や変圧器は磁心とそれに巻き付けて設置されたコイルから構成される.コイルに電流を流すと磁界が発生し,その磁界によって磁心の磁性体は磁化される.したがって,磁心の材料には保磁力が小さく透磁率の大きい軟磁性体が選ばれる.

磁性の起源は電荷の運動だ.古典的な描像では電子の自転(電子スピン)によって電流が発生し,電流によって磁界が誘起される.これが常磁性の起源だ.誘起された磁界の大きさを磁気モーメントと呼んでいる.

電子間の相互作用が強力だと電子スピンの方向が揃った磁性体となる.ただし,電子スピンによる磁気モーメントは同じ電子軌道に2つの電子が存在(パウリの排他原理による)すれば,互いに逆方向の電子スピン(スピン角運動量)が打ち消し合ってゼロになるから,磁気モーメントを有するのは不対電子を有する遷移金属にほぼ限定され,磁性材料の候補となる大きな磁気モーメントを持つ物質は鉄やコバルトやクロムなどを含む物質に絞られる[注1].

逆に,電子対は反磁性の起源だ(不対電子も反磁性にわずかに寄与するが,常磁性への寄与が大きいために,不対電子の反磁性への寄与は無視できる).反磁性は磁力に反発する物質の性質だが,一般にその反発力は極めて微弱だ.古典的な描像(ラーモア反磁性)によれば,原子核の周囲を電子が公転運動をすることによって生まれる誘導電流による磁界だ.ただし,超伝導体では極めて強い反磁性(マイスナー効果)を示すので,磁石との反発力を利用した磁気浮上が可能となる.これは電気抵抗がゼロだから大量の誘導電流が流れて外部磁界を打ち消し,超伝導体内部の磁束密度がゼロになるためだ.なお,超伝導体による磁気浮上で空中に安定的に静止するのは第二種超伝導体に特有のピン止め効果(Flux Pinning)によるものだ.

このように磁性のほとんどは電子スピンに由来するものだが,不対電子が原子核の周囲を公転運動することによる軌道角運動量も磁気モーメントに寄与し(一般にd電子では寄与は小さいが,f電子の寄与は大きい),正電荷を帯びた原子核は自転すれば磁気モーメントを持つ(陽子と中性子のいずれかが奇数個からなる原子核は核スピンすなわち核磁気モーメントを持つ)から磁性にわずかに寄与する.原子核の磁性の代表的な応用がNMR(Nuclear Magnetic Resonance)であり,化学結合の状態を調べる分析機器として研究機関に設置されている.原理は同じだが,体内の水分子の状態を調べるものが医療機関に設置されているMRI(Magnetic Resonance Imaging)だ.

磁気モーメントが同じ方向に揃えば強磁性体,交互に逆方向に揃えば反強磁性体だ.そして大きさの異なる磁気モーメントが交互に逆方向に揃えばフェリ磁性体になる.フェリ磁性体はミクロな磁気的相互作用は反強磁性体に似ているが,マクロな挙動は強磁性体と同じだ.

磁気モーメントが揃った微小領域が磁区でその境界が磁壁だ.強磁性体やフェリ磁性体が強い磁界のなかに置かれると,磁区の配列は磁界の方向に沿うように変化する.磁壁が移動して磁界の方向を向いた磁区が拡大し,それ以外の方向を向いた磁区は縮小するのだ.その結果,磁性体は磁石となって磁力を発するようになる.磁性体は磁石に変身したのだ.次に磁性体に与えていた磁界を取り除いたとき磁性体から磁力が失われるものが軟磁性体,磁力がそのまま維持されるものが永久磁石だ.磁壁の移動が容易に起こるのが電磁石用の軟磁性体で磁壁移動が起こりにくければ永久磁石となるのだ.

永久磁石の開発は鉄鋼材料をベースに進められ,酸化物系のフェライトや希土類磁石へと発展した[1a, 1b, 1c, 1d, 1e, 1f, 1g, 1h].1917年に東北帝国大学の本多光太郎が開発したKS鋼(Fe-Co-W-Cr系合金),1931年に東京帝国大学の三島徳七によるMK鋼(Fe-Ni-Al系合金),1934年の本多らによる新KS鋼(Fe-Co-Al-Ni-Cu-Ti系合金)などが嚆矢で,これらの合金磁石の改良版が現在のアルニコ磁石(Fe-Al-Ni-Co系合金)だ.その後,1970年に東北大学で開発された鉄-クロム-コバルト磁石(Fe-Cr-Co磁石)は高価なニッケルを使わず,コバルトの使用量もアルニコ磁石より少ない特長がある.鉄系永久磁石の開発では東北大学を始めとする日本の大学の貢献度は極めて高い.なお,本多光太郎は熱天秤の創案命名者としても知られている[2].

酸化物系の永久磁石の開発は東京工業大学の寄与が大きい.1930年に日本の東京工業大学の電気化学科の教授加藤与五郎と助教授武井武によってフェライトが発明されたのだ[3a, 3b, 3c, 3d, 4].この発明の端緒は亜鉛精錬の研究をしていた武井武がコバルトフェライトとマグネタイトとの固溶体が極めて大きな保磁力を有することを発見したことだ.そして酸化鉄と各種金属酸化物との組合せからなる材料の磁気特性の研究を進めて,永久磁石となるハードフェライトと軟磁性体のソフトフェライトを相次いで発明したのだ.これらはスピネル型の酸化物磁性体だ.

コバルトフェライト磁石(OP磁石)が安価な永久磁石として開発されたが,1952年にフィリップ社がマグネトプランバイト型のバリウムフェライト磁石を開発するとその地位を奪われ,1961年には特性をさらに改良したストロンチウムフェライト磁石が開発されている.鉄系永久磁石ではキュリー温度が800℃を越えるのに対し,フェライト磁石のキュリー温度は450℃付近とやや低いが,フェライト磁石は安価な汎用品としてコスパが高い.

余談になるが,加藤与五郎は建築材料研究所の所長(1934年に初代所長に就任)だった1939年にアルミナ製法で得た特許料を寄付し,その寄付によって資源化学研究所(現在の化学生命科学研究所)が設置された[3c].なお,1934年に設置された建築材料研究所は1958年に窯業研究所(1943年設置)と統合されて工業材料研究所となり,1996年には応用セラミック研究所に改組,2016年からはフロンティア材料研究所となって現在に至っている.

1970年頃からは希土類磁石の開発が盛んになり,SmCo5(キュリー温度は720℃と高い)系サマリウムコバルト磁石が焼結磁石としてTDKや日立金属などによって商品化された.続いて1976年にはTDKがSm2Co17(キュリー温度は800℃と高い)の商品化に成功し,このTDKの磁石はソニーの初代ウォークマンのモータに使用された.そして1984年には住友特殊金属の佐川眞人らによってさらに強力なネオジム磁石(Nd2Fe14B,キュリー温度はやや低く315℃)が発明されて今日に至っている[5].

永久磁石の開発においては,東北大学を始めとする日本の貢献は極めて大きい.そのなかで東工大の開発したOP磁石はバリウムフェライトに繋がる新たな分野を切り開いたことに意義があるが,フェライト磁石の最大の貢献は次号(その2)に示すように軟磁性材料による磁気記録の分野だった.

[注1] 強磁性金属を含まない磁性材料には,ホイスラー合金(Cu2MnAlなど)[6, 7]やマンガンアルミ磁石(Mn-Al-C系)[8]などが知られている.酸素分子は遷移金属を含まない常磁性体の代表だ.分子内に2個の不対電子を有している.

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文献
1. 例えば,(a) 中村弘,OP磁石の特性とその応用,繊維機械學會誌 14 [11] 846-850 (1961).
 (b) 小島浩,フェライト磁石,日本金属学会会報 24 [9] 699-706 (1985).  
 (c) 木村康夫,永久磁石材料の歴史,鋳造工学,68 [3] 265-274 (1996). 
 (d) 木村康夫,新材料と先駆者たち,鋳造工学,69 [11] 947-950 (1997). 
 (e) 俵好夫,大橋健,希土類永久磁石,森北出版 (1999). 
 (f) 佐川眞人,浜野正昭,平林眞編,永久磁石 材料科学と応用,アグネ技術センター (2007). 
 (g) 西内武司,永久磁石:21 世紀の社会を支えるキーマテリアル,化学と教育 67 [5] 206-209 (2019). 
 (h) イノベーション100選(ネオジム磁石) 
  http://koueki.jiii.or.jp/innovation100/innovation_detail.php?eid=00072&age=stable-growth
2. 斎藤平吉,熱天秤最近の進歩,日本金属学会会報,12 [3] 709-718 (1964).
3. 例えば,(a) 武井武,フェライト工業の出発と加藤与五郎先生,日本応用磁気学会誌,2 [1] 1-4 (1978).
 (b) 山崎陽太郎,武井先生のフェライト発見とセレンディピティ,電気化学タイムトラベル,71 [7] 585 (2003).  
 (c) 加藤 与五郎(1872-1967)「フェライトなど酸化物材料の発明と工業化への貢献」
  http://www.cent.titech.ac.jp/e66843ecac34c97db20c22b71bdb0ca8e022fa09.pdf
 (d) 武井武(1899-1992)「フェライトの発見と電子デバイス応用に関する先駆的研究」
  http://www.cent.titech.ac.jp/da939ce3b1b833927f81ce4c838c5e736936990e.pdf
4. 加藤與五郎,武井武,亞鐵酸亞鉛(Zinc Ferrite)の組成、化學的性質及び磁性に關する研究,日本鑛業會誌,46 [539] 167-176 (1930).
5. M. Sagawa, S. Fujimura, H. Yamamoto, Y. Matsuura and K. Hiraga, Permanent magnet materials based on the rare earth-iron-boron tetragonal compounds, IEEE Transactions on Magnetics, 20 [5] 1584-1589 (1984).
6. 金子秀夫,本間基文,強磁性金属間化合物,日本金属学会会報,6 [2] 130-138 (1967).
7. 鹿又武,ホイスラー合金の磁性,まてりあ,45 [3] 165-171 (2006).
8. 黒田直人,今野五十五,マンガンアルミ磁石における新着磁技術の開発,日本金属学会会報,32 [5] 358-360 (1993).

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