合気道エッセイ その1: ④ ポパイの腕 Popeye's forearm muscles
前のエッセイでは,自分の体重をまったく意識せずに人は行動していることをお話しました。米俵1俵を,朝から晩まで動かし続けている人間はすごいです。60kgの米俵1俵を1m動かすと考えるとこの大変さは容易に想像できます。
次に,人が気が付かない筋肉のお話をしたく思います。
(リラックスして,肩の力を抜いて)
「リラックスして」「肩の力を抜いて」は,スポーツなどでよく聞く話です。経験で納得するのですがこの原理を教わった記憶はありません。皆さんはいかがですか。「ここで一発」「頑張らなきゃ」と思うと肩が上がってきます。両肩を挙げたまま,手を前に伸ばしてみてください。手を前に伸ばす途中で手が伸びなくなります。自分の腕なので簡単に確認できます。頑張って力を出さなきゃと思うと,手が伸ばせなくなるのはなぜなのでしょうか,実は力を出そうとすると上腕 (二の腕)に意識が行きます。意識的ではなく無意識で脳から指示が出ます。俺は強いんだと示すときには上腕の力こぶを見せます。力こぶは物を引き寄せるときの筋肉です。では手を伸ばすときには力を感じることができない? そうなんです。力を感じることができるのは,屈筋だけ。上腕も前腕の伸筋もともに力を感じることができないんです。そのような力を感じるセンサーが人体には備わっていないのです。したがって「がんばろうと」すると屈筋だけに頭から指令がいき,伸筋の動きを妨げてしまうのです。びっくりですね。
合気道の技の一つは投げです。投げるには伸筋を鍛える必要があります。力感覚を制御する神経のない伸筋を鍛えるにはどうしたらいいのでしょうか。ポパイは前腕が太いです。ブルートは上腕(二の腕)が太いです。特にポパイは前腕の伸筋,ブルートは上腕の屈筋が発達していることがわかります。伸筋を鍛えようとポパイのようにほうれん草を食べても伸筋を鍛えられるとは思えません。合気道をうまくなろうとジムに通う人もいますが,力感覚のある屈筋ばっかり鍛えることになってしまいます。
(素振り)
剣道の素振りは,やったことがある人も見た人も多いと思います。竹刀しないでも木刀ぼくとうでも素振りは頭上のから振り下げ,腰の位置でビッシと停止します。その間に,竹刀は静止状態から加速して最大速度に,そして急停止です。初めての人でも頭上から振り始めはよいのですが,止めようとして腰の位置で止めまらず前かがみになってしまいます。屈筋で止めようとするからです。これは日本でも海外でも同じです。素振りのできる人は,体を垂直に頭上の位置から,振り上げ空気を「ブゥン」いう音を立てながら,腰の位置で,ピタッと止めます。体は垂直のまま,誰が見ても格好のよい動きです。
この時使っているのが,前腕伸張力です。素振りは何回か稽古しているうちに自然とコツがわかりできるようになります。合気道ではこの前腕の伸張力を使います。ただ力感覚がない動きなので,感覚だけをたよりにコントロールするのは難しいというか,特別な思考の訓練をしないとできません。この前腕の伸張力をコントロールできると合気道の極意の動きに近づいたことになります。
ここまで,体重を意識していない自分と前腕伸張力など考えたこともない自分がいることがわかりました。この二つを使うことで,相手のどの部分にも体重を乗せることができるようになります。合気道の一連の技を知っていれば,技の決め所に体重を乗せれば,相手は顔面から床に落ちたり,背中から床にたたきつけられたり,2mも吹っ飛ばしたりということが可能となります。関節技とは違ったものです。稽古では怪我をしないように受身が大切なのはそのためです。合気道を知らない人もこれを知っていれば護身術に使えます。
ではでは。
合気道エッセイ その1 ⑤ 真中 まなか
高橋達人 tatsuaiki7@gmail.com