電気の世界に想いを馳せる

原子を構成する原子核も電子も電気を帯びているから現実の世界は電気に満ち溢れているのだが,電気の正体は永いこと露わにならなかった.正負の電荷はクーロン力で近づくのですぐに中和されてしまい,電気の存在はひっそりと隠されていた時代が長かったのだ.

静電気の存在は古くから知られていた.誘電体を擦り合わせる摩擦帯電によって容易に発生するからだ.マクデブルクの半球で知られるオットー・フォン・ゲーリケ(Otto von Guericke)は,1663年ごろに摩擦起電機を発明したと伝えられている[注1].しかし,ライデン大学のミュッセンブルーク(Pieter van Musschenbroek)が1746年にライデン瓶を発明するまで,静電気の制御はほぼ不可能だった.

落雷が自然界における電気放電現象であることは,1752年に行われたフランクリン(Benjamin Franklin)の凧を使った実験などによって証明された.本人は後に十分に危険を回避する対策を施して実験を実施したと回想しているが[1],1753年に雷の実験を行ったゲオルク・リヒマン(Georg Wilhelm Richmann)は実際に感電死しているから,これが危険な実験であったことに疑いはない.

細胞の生命活動には電気が関係する.細胞膜を介したカリウムとナトリウムイオンの出し入れによって電位が発生し,神経系ではこの電位が伝わって情報のやり取りを行うのだから,生命活動は電気的な活動だ.脳波や心電図は細胞の活動によって発生する電気を測定している.脳波や心電図に限らず,一般に生体内の電気は微弱だが,デンキウナギやデンキナマズやシビレエイには高電圧の電気を発生させる特技がある.

ガルヴァーニ(Luigi Galvani)が1780年に動物電気の観測に成功したと勘違いしたことが,化学電池の幕開けとなった[2, 3, 4, 5].皮をはいだカエルの脚に静電気を放電すると麻痺を起こすことが観察され,皮をはいだカエルの坐骨神経にメスが触れたときにもカエルの脚が動いたのだった.この観察結果をカエルの神経と筋肉の間に静電気が蓄えられていて,メスの接触によって放電が起こったとガルヴァーニは解釈したのだ.カエルの筋肉表面と神経がライデン瓶の電極として機能し,静電気が蓄えられているとの解釈だ.

ガルヴァーニの発想は筋電位に極めて近い.筋電位は生物の筋細胞が収縮するときに発生する電位だ.電位は微弱だが,現在ではそれを検知して義手やパワードスーツの操作などに応用されている.

ボルタ(Alessandro Volta)は電気発生の原因が動物電気ではなく,2種の異種金属(ガルヴァーニが使った鉄と銅)と電解質(カエルの脚)の組み合わせであることに気づいて1800年にボルタ電池を発明した.これにより静電気から化学電池への時代の転換が起こったのだ.医師のガルヴァーニは筋収縮についての理論構築を目指して現象の解釈を試みたが,物理学教授のボルタは異なる視点からの解釈を試みたようだ.

デービー(Humphry Davy)はボルタ電池を使って電気分解を行い,1807年にナトリウムとカリウムの単離に成功した.1820年にエルステッド(Hans Christian Ørsted)は電池を使った通電実験を行ったとき,導線の近くに置いた方位磁針の針が動くのに気づいた.電流の磁気作用の発見だ.その後,1831年にファラデー(Michael Faraday)が電磁誘導を発見し,これらの知識を統合してマクスウェル(James Clerk Maxwell)は1864年に電磁気学の体系にまとめ上げた.

電磁誘導の発見によって磁石の運動で電力を産み出すことが現実となった.発電機の開発が始まったのだ.それを使った世界初の発電事業はエジソン(Thomas Alva Edison)の直流送電による電灯事業だった.ニューヨークの中心にあるパールストリート(Pearl Street)に設置した蒸気機関の発電機から,1882年に送電を始めたのだ.これに対抗して1893年に始めたウェスティングハウスの交流送電は,ナイアガラ滝の水力発電によるものだ.交流送電はニコラ・テスラ(Nikola Tesla)が開発した技術だ.

直流送電ではファラデーの電気分解の原理を応用して電力使用量を測定できるから,電力料金の徴収には都合が良い.他方,交流送電は高電圧で長距離を送電し,需要者の近くで変圧器を使って低電圧に変換することができるから,送配電ロスを少なくできる利点がある.後に交流送電が標準となったのは,交流で使用できる電力計が開発されたことも一因だ.

電力を高電圧で送電する高圧送電線の障害は塩害と落雷だ[6, 7].塩害は潮風に乗ってきた塩分が絶縁碍子に付着して,雨で洗い流されることなく乾燥してしまうことによる.それに夜露が重なると,碍子表面が導電性の被膜で覆われ,電気絶縁が損なわれるのだ.碍子表面の性状を改良して塩水で覆われないような工夫も重要だが,定期的に清浄な水で洗浄することが本質的な対策になる.他方,落雷対策は架空地線,避雷器,避雷針の設置が重要だが,避雷器の性能はセラミック素子の開発によって急速に高まった[8].炭化ケイ素を用いた弁抵抗避雷器から,酸化亜鉛避雷器への転換が1980年代に起こったのだ.

酸化亜鉛避雷器は酸化亜鉛バリスタの応用だ[9, 10].バリスタは印加電圧がある一定の値を超えると電気抵抗が大きく減少し,電流が流れ始める素子だ.この素子の特性は酸化亜鉛の結晶粒子とそれを取り囲む高抵抗の粒界相からなっている微構造が支配する.一定の電圧を越えると高抵抗の粒界相が絶縁破壊して電流が流れ始めるのだ.1967年に松下電器で発見されZNRとして1968年に商品化された素子は多結晶酸化亜鉛の焼結体で,その粒界相がビスマス酸化物で構成されたものだ.

現在でも発電の主流は電磁誘導を応用した発電機だ.動力を用いて発電機を回転させれば電気が発生する仕組みだ.水力を動力とすれば水力発電,風力を動力とすれば風力発電,熱機関を動力とすれば火力発電,核分裂による反応熱を動力に利用すれば原子力発電だ.

原子力発電を含めて熱機関にはさまざまな方式があるが,大規模発電に用いられているものは熱効率の高い蒸気タービンとガスタービンだ.蒸気タービンにはボイラーで水蒸気を発生させることのできる熱源・燃料なら何でも利用可能だが,ガスタービンに利用できる燃料には制限があり,燃え滓の出ない天然ガスなどに限られる.小型の発電機にはディーゼルエンジンやガソリンエンジンも用いられるが,利用可能な燃料の特性には制限があり,高い熱効率も期待しがたい.

材料科学の進歩によって新たに可能となった発電技術では,さまざまなエネルギー変換素子を利用している.誘電体では焦電効果や圧電効果,半導体では熱電効果(金属でもこの効果はあるが,半導体の効果の方が一般に大きい)や光電効果の応用だ.このなかで実用の域に達しているのは光電効果を応用した太陽電池だけだ.熱電効果や圧電効果を利用した発電はまだ極めて小規模な段階に留まっている.

熱電材料や焦電材料の分野で熱機関を凌駕するエネルギー変換材料の革新的発見を期待したいところだが,妨げは理論だ.理論的に不可能といった結論を導き出すのは容易だが,理論が完全に正しいとは限らない.理論に束縛されない研究が革新的な超伝導材料の新発見に繋がったことは現実だが,研究の実施に先立って予備検討を進めれば,検討が進んだ分だけ悲観論に傾くのも現実だ.そして,それにもめげずに探索研究を進めたときに,悲観論がますます信憑性が高まることもまごうことなき現実だ.革新的な物質・材料の発見につながる研究を進めるために,研究資金獲得に向けてのたゆまぬ努力を重ねることは必要だが,気まぐれな幸運の女神からセレンディピティの贈り物を受け取る準備も怠ってはならないのだ.大発見の誕生に女神への忖度は欠かせない.

[注1] 意外なことに静電気の装置開発は,ボルタ電池や電磁誘導による発電技術が普及しても継続されていた.1775年には電気盆をボルタが発明し,静電発電機は摩擦起電機から誘導起電機への移行が進んだ.摩擦起電機は摩擦で電気を起こす装置だが,誘導起電機は静電誘導を応用して電荷を蓄積させることができる.それによって単純な構造で高電圧を発生させることができるようになった.1929年に開発されたヴァンデグラフ起電機はローラーとベルトをこすり合わせて帯電させ,その電荷を集めて高電圧を作り出す仕組みだ.

文献
1. 横家恭介,物理法則の探究,プレアデス出版 (2020).
2. 酒井正樹,動物精気の実体はこうしてつきとめられた(1),比較生理生化学,13 [3] 281-289 (1996).
3. 酒井正樹,動物精気の実体はこうしてつきとめられた(2),比較生理生化学,13 [4] 407-415 (1996).
4. 酒井正樹,動物精気の実体はこうしてつきとめられた(3),比較生理生化学,14 [1] 64-77 (1997).
5. 酒井正樹,動物精気の実体はこうしてつきとめられた(4),比較生理生化学,14 [2] 151-168 (1997).
6. 後藤曠二,電力會社の隱れたる苦心,日本機械学会誌,41 [258] 865-866 (1938).
7. 田中裕,磁器絶縁材料の展望,材料試験,6 [41] 112-117 (1957).
8. 林正夫,小林三佐夫,酸化亜鉛形避雷器の開発,電気学会論文誌B,128 [3] 516-519 (2008).
9. 松岡道雄編,日本が生んだ世界的発明 酸化亜鉛バリスタ,オーム社 (2009).
10. 小笠原正,最近のバリスタの進歩,素材物性学雑誌,25 [1/2] 20-23 (2013).

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