オンネスとベドノルツに学ぶ大発見への道

デュワー(James Dewar)は1896年に水素の液化に成功し,オンネス(Heike Kamerlingh Onnes)は1908年にヘリウムの液化に成功した.そのデュワーは1898年に液体水素温度(約20K)までの白金の電気抵抗を測定して抵抗が減少し続けることを見出したが,オンネスが1908年に白金の電気抵抗を液体ヘリウム温度(4K)まで測定したときには,低温での抵抗値はほぼ一定となって減少傾向は認められなかった.それはマッティーセン(Augustus Matthiessen)によって既に指摘されていたように,含まれる不純物や格子欠陥による温度に依存しない散乱に起因するものだ.そこで,オンネスは蒸留を繰り返して高純度化できる水銀を使った実験を1911年から始めたところ,液体ヘリウムの沸点近くの4.2Kで電気抵抗が消滅する超伝導が観測されたのだった[1].

水銀はオンネスに大発見をもたらした幸運の女神だ.液体ヘリウム温度より高い温度で超伝導転移を示すHg以外の単体はTa(4.48K),V(5.3K),La(5.9K),Pb(7.2K),Tc(8.2K)とNb(9.29K)に限られるからだ.

当時の絶対零度における金属の電気伝導度については,電気抵抗はゼロになるとの予想が主流だったが電気抵抗は無限大となるとの予想もあった[2].いずれもパウル・ドルーデ(Paul Karl Ludwig Drude)の自由電子モデルによるものだが,広く信じられていた前者はウィーデマン・フランツの法則(Wiedemann–Franz law)から導いたもので絶対零度での電気抵抗はゼロになるとの予想だ.後者は1902年にケルビン卿が提案した説で,低温では自由電子が動けなくなるから絶対零度での電気抵抗は無限大になるとの予想だ.

そのため低温で電気抵抗が突然消失することは想定外で,まず疑われたのは計測器内のショートだ.続いて,全抵抗の大きな試料を製作して追加実験が行われた[2].それは内径が0.05㎜で長さが約1mのガラス毛細管を作り,それをデュワー瓶におさまるように何回もU字型に折り曲げ,そこに水銀を詰めて電気抵抗の測定実験に供したのだ.なお,この毛細管に詰められた水銀の0℃における全抵抗は約100Ωだった.超伝導発見の論文に掲載されたデータはこのような試料を用いて測定されたものだった.

ほとんどの金属は極低温で超伝導となるが,鉛は7.2K,ニオブは9.2K,ニオブチタン合金(Nb-Ti)は10Kと比較的転移温度が高い.転移温度がさらに高い超伝導物質の探索が1960年以降に行われ,ニオブスズ (Nb3Sn)は18.1K,V3Gaは16.8K,V3Siは17K,Nb3Geは23.5 K以下で超伝導となることが見出された[3-7].これらはいずれもA15型構造の物質である[注1].しかし,いずれも極低温での現象であり,超伝導を維持するには液体ヘリウムで冷却する必要があった.

超伝導体の電気抵抗はゼロだが,流れる電流の量には上限があり,超伝導体では物質内部から磁力線が排除される特徴がある(マイスナー効果).1957年になって,これらの超伝導現象を説明する理論(BCS理論)が提案された.その理論によれば超伝導状態では電子が対(クーパー対)をつくって,互いに引き合っている.すなわち,クーロン力による斥力に打ち勝つために,電子がフォノン(量子化された格子振動)を媒介として凝集していることが超伝導状態であるとの説明だ.この理論では超伝導が実現するのは極低温に限られ,自由電子を持つ金属特有(バンドギャップを持った半導体では可能性は低い)の現象だと誰もが予想した[注2].

チタン酸ストロンチウムの研究を行っていたベドノルツ(Johannes Georg Bednorz)はLa-Ba-Cu-O系ペロブスカイト試料を合成して低温での電気抵抗の測定に供した.すると,30 K付近から抵抗が減少し,10 K以下でゼロ抵抗になるように見えた.しかし,超伝導の確証は得られなかったので,1986年に発表した論文の題名には"Possible high Tc superconductivity"と超伝導の可能性を示唆する表記に留まった[8].

追試を行った東京大学がLa-Ba-Cu-O系で超伝導が起こっていることを確認し,1986年12月にボストンで開催されたMRSで発表した[9].その後,1987年2月にヒューストン大のC. W. Chuが液体窒素温度(77K)で超伝導となる物質を発見したとのニュースが流れた.これはアラバマ大のM. K. Wuとその学生のJ. R. Ashburnが作製したY-Ba-Cu-O系Y123(YBa2Cu3O7)で,それは93Kの転移温度を持つことが後に判明した[10].1988年にはビスマス系Bi-2223(Bi2Sr2Ca2Cu3O10)が109Kの転移温度を示し[11],1993年にはHg-1223(HgBa2Ca2Cu3O8+δ)が135 Kで超伝導の転移温度をもつことが見いだされ[12, 13],2001年にはMgB2が39Kで超伝導を示すことの発見[14],そして2008年に26Kで超伝導を示す鉄系超伝導体の発見と続いた[15].その後,超高圧のもとでの室温超伝導が報告されている[16, 17].

オンネスの超伝導の発見は液体ヘリウムの液化に成功した副産物のようにも見えるが,水銀を試料に選んだことが幸運だった.デュワーは20K以上で超伝導転移を起こす物質の電気抵抗を測定していれば超伝導の発見は可能だったろうが,現実にはほぼ不可能に近かっただろう.デュワーに幸運の女神が訪れたとするなら,試料にNb3GeやMgB2あるいは銅系複合酸化物高温超伝導体や鉄系超伝導体を選んだ場合に限られるからだ.

鉛やニオブは比較的高い温度まで超伝導を示すから,ニオブ系の金属間化合物を中心に超伝導材料を探索したことは頷けるが,酸化物が超伝導材料の有望な候補であると考えて研究を進めることは理解しがたい.百歩譲ってLa-Ba-Cu-O系超伝導の最初の発見はBCS理論と相容れるように思われても,93Kの転移温度を持つY-Ba-Cu-O系高温超伝導材料の発見はBCS理論からの予想を裏切るような高い転移温度だからだ[注3].

超伝導物質探索の神様と言われたBernd Matthiasは「超伝導物質探しに理論はなんの役にも立たない」と豪語して,既存の超伝導物質の半分近くを発見した[9].2価銅イオンは磁性を持つので超伝導には有害であるとの常識に縛られていた研究者にはベドノルツの発見に至った着想は理解しがたかったろう[9].しかも合成に失敗したできそこないの試料の電気抵抗を測定したのだ.理論に縛られない着想あるいは理論を無視した研究が革新的な大発見を産み出したようだ.

管理された研究より自由な研究に,幸運の女神は微笑むようだ.創意工夫で技術開発が進む典型的な工学分野と発見に依存する材料・物質探索とは基本的な性格が異なる.豊富な知識に満ち溢れた材料研究者は,大発見への道を自ら閉ざしているのかもしれない.目標必達に向かって研究に邁進することが資金提供者に対する表向きの姿勢としても,気まぐれな大発見をもたらす幸運の女神は脇見をしながら道草に勤しむ研究者にセレンディピティの贈り物を届けるようだから真実は裏にある.

[注1] A15型の結晶構造を持つ化合物の化学組成はA3Bで,B原子が体心立方格子を組み(単位胞には2つのB原子),その立方体の6つの面の中央部にそれぞれ2つのA原子が配置した(単位胞には6つのA原子)結晶構造だ.A原子(Nb原子など)は単位胞内で2個が並んでいるだけでなく,それが隣接する単位胞とも接続するから,結晶全体にわたって1次元に連なっている.これがA15型の結晶構造を持つ化合物が高い超伝導転移温度を持つ超伝導体になる理由だと考えられている.

[注2] 自由電子を有する金属あるいは金属間化合物以外での超伝導は稀だが,BaPb1-xBixO3 (BaPbO3とBaBiO3の固溶体で結晶構造はペロブスカイト型)が0.05 < x < 0.3の組成範囲で超伝導を示し,特にx = 0.3付近での超伝導転移温度が約13Kと比較的高温であることは1975年に発見されていた[18].

[注3] 高温超伝導のメカニズムは十分に理解されていないが,銅と酸素原子から構成された二次元の正方格子状の伝導面内を電子が移動している.A15超伝導体が一次元に連なった金属原子(Nbなど)を介して電子対が運動するのに対し,高温超伝導体では酸素原子を介した銅原子の二次元ネットワーク内を電子対は運動する.

文献
1. 齋藤安俊,北川正弘編,金属学のルーツ(永田明彦,第5章 超伝導),内田老鶴圃 (2002).
2. 大塚泰一郎,超伝導入門 第1章: 歴史的発展,低温工学,34 [4] 134-143 (1999).
3. 中川愛彦,高臨界温度超電導材料 Nb3Ge の作成,真空,22 [1] 1-8 (1979).  
4. 太刀川恭治,超伝導材料の研究開発,マテリア,34 [12] 1395-1400 (1995).
5. 大塚泰一郎,超伝導研究の歩み,日本物理学会誌,51 [9] 626-632 (1996).
6. G. R. Stewart, Superconductivity in the A15 Structure, Physica C, 514 28-35 (2015).
7. Jean Muller, A15-type Superconductors, Reports on Progress in Physics, 43 [5] 641–687 (1980).
8. J. G. Bednorz and K. A. Müller, Possible High Tc Superconductivity in the Ba−La−Cu−O System, Z. Physik, B 64 [1] 189–193 (1986).
9. 北澤宏一,高温超伝導の発見から現在まで,応用物理,67 [8] 929-931 (1998).
10. M. K. Wu, J. R. Ashburn, C. J. Torng, P. H. Hor, R. L. Meng, L. Gao, Z. J. Huang, Y. Q. Wang, and C. W. Chu, Superconductivity at 93 K in a New Mixed-Phase Y-Ba-Cu-O Compound System at Ambient Pressure, Phys. Rev. Lett., 58 [9] 908-910 (1987).
11. H. Maeda, Y. Tanaka, M. Fukutomi and T. Asano, A New High-Tc Oxide Superconductors without a Rare Earth Element, Japanese Journal of Applied Physics, 27 [2] L209-L210 (1988).
12. 安達成司,山内尚雄,高温超伝導体の物質開発の現状,応用物理,63 [4] 344-353 (1994).  
13. 井澤和幸,山内尚雄,水銀系層状銅酸化物超電導体の合成と特性,低温工学,29 [8] 357-366 (1994).
14. Jun Nagamatsu, Norimasa Nakagawa, Takahiro Muranaka, Yuji Zenitani & Jun Akimitsu, Superconductivity at 39 K in Magnesium Diboride, Nature, 410 63–64 (2001).
15. Yoichi Kamihara, Takumi Watanabe, Masahiro Hirano, and Hideo Hosono, Iron-Based Layered Superconductor La[O1-xFx]FeAs (x = 0.05−0.12) with Tc = 26 K, J. Am. Chem. Soc., 130 [11] 3296–3297 (2008).
16. 有田亮太郎,高圧下水素化物の室温超伝導,共立出版 (2022).
17. 電気自動車と永久磁石と超伝導:https://ceramni.matrix.jp/?p=3017
18. A. W. Sleight, J. L. Gilison and P. E. Bierstedt, High-Temperature Superconductivity in the BaPb1−xBixO3 System, Solid State Communications, 17 [1] 27-28 (1975).  

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