溝口さんぽ(No.7大山街道)

 例年になく早い梅雨明けまでは猛暑が続いていたのに、今週はまるで梅雨が明けていなかったかのような天気が続いていますね。前回、夏の散歩コースとして”大山街道”のコースを歩いていると言いましたので、そのことに少し触れてみます。
 この街道は名称からわかるように江戸から神奈川県伊勢原市にある信仰の山、大山に参詣するもっともメインのルートであったようで、川崎市高津区の真ん中を東から西に通っています。多摩川を渡るとすぐに二子新地の集落があり、そこから高津の集落を経て溝口に至り、そこから多摩丘陵に向かっているのですが、現在はこの区間が商店街のようになっています。古い街道ですので、古くから現在まで続いている商店も多く、濱田庄司さんの育った大和屋もごく最近までは洋菓子喫茶店を営んでいました。

大山街道にある濱田庄司さんの育った家は現在近代的なビルに変わっている。


 その他にも薬問屋であった灰吹屋は現在もこの辺りではもっとも大きなローカル薬局として手広く営業していますし、田中屋さんもかっては呉服屋さん中心であったようでしたが、現在はお茶屋さんや写真館として存続しています。特に写真館は、面接試験などの顔写真をここで撮影すると合格率が高いことで有名です。また、街道筋で二子新地に近いところには大阪万博のシンボルだった太陽の塔の製作者として有名な岡本太郎の母親の実家であった大貫家の菩提寺である光明寺があります。街道からは少し離れていますが、二子神社の境内、多摩川べりに岡本太郎が母親のために作製したモニュメントもあります。(高津区の隣の多摩区の生田緑地には岡本太郎記念館もあります。)二子新地はかって橋が架かっていなかったため、渡しがあり、ちょっとした花街もありました。最近は、大山街道も二子新地のあたりには、エスニック料理店やイタリアンの店などが増えています。二子玉川地域よりも家賃がリーズナブルなので、若い人が住むアパートが増えていることが背景にあるのかもしれません。これも時の経過を反映した街の変化なのでしょうね。
 このような大山街道を溝口から東京方面に二子新地まで歩き、帰りは東急田園都市線と大井町線の高架下の通路を歩いて戻るのがこの季節の主な散歩コースになります。ただし、この往復だけでは1万歩には到達しないので、高架下のコースを1往復半もしくは2往復半するのが日課になっています。

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