政治家のための弁事二妙法と賢いタカ
厚黒学についてはどこかで触れたことがある.それを提案した李宗吾は弁事二妙法がことを処理する際の慣例であり,実行すれば大政治家になることは請け合いだと記している.ただし,厚黒を行使するときには表向きは仁義・道徳のオブラートで覆い,露骨に表現してはならぬということだ.王莽の失敗は王位簒奪があまりに露骨だったからだ.
その弁事二妙法とは簳切断法と鍋補修法である.
前者は「矢が刺さったので外科医に行くと, 簳(矢の幹の部分)を鋸で切り取って治療代を請求する.矢じりを取り出さないので,なぜかと問えば,それは内科の仕事だからそちらに行け」といった民間に伝わっている話を踏襲することだ.
役所の上級機関ではこの医者のやり方を踏襲している.たとえば,上申された意見書を見て「意見書によれば,某々らは不都合きわまりない.担当県知事に命じて厳密に調査し,処罰する」という場合の「不都合きわまりない」が鋸で簳を切り取ることに相当し,「県知事」が内科に相当する.日本の役所ではこれを「たらい回し」と呼ぶが,李宗吾によれば,これをうまく実行する官僚は出世コースを駆け上る有望な人材ということになる.類語には「言うべきことは言う」,「為すべきことは為す」,「適切に措置する(検討しますはまだ使われるが,善処しますは古語とされる)」などの空虚な言葉のオンパレードがある.
後者はこんな逸話だ.「飯を炊く鍋が漏れるので,鋳掛屋に修理に来てもらった.鋳掛屋は鉄片で鍋の底についた煤をこそぎながら,主人に『一服したいんで,タバコの火をもってきてくだせえ』と話しかけた.主人が火をとりに行っている隙に,鋳掛屋はかなづちで鍋のひびを軽くたたいて裂け目をひろげた.主人がもどってくると,そこを指さして言った.『こんなにひび割れちゃって・・・油あかがくっついて見えなんだが,煤を落としたら,ほれ,このとおり.こりゃ何カ所か補強せにゃ,使えませんな』と.しっかりと補修し終わると,主人も鋳掛屋も大よろこび・・」
問題が大きくなる前に手当てをすれば事なきを得るが,仕事ぶりを高く評価されることはない.放置して問題が大きくなれば,その問題は衆目の注視を集め,それに対処するだけでも高い評価が期待できる.
改革の効果は,しばらくたってから見えるようになる.PDCAサイクルのCに相当する振り返りを行って,過去に行った計画とそれを実行した結果を評価して,修正を図ることが必要だ.論語に子曰く「過則勿憚改(過ちては則ち改むるに憚ること勿れ)」.儒学は正論であるが,厚黒史観とは相容れない.しかし,儒家の学説を他人が実践するよう喧伝し,自らは厚黒学に励むことは可能である.
メイナード=スミス(John Maynard Smith)の進化的に安定な戦略(Evolutionarily Stable Strategy)によれば,タカ・ハトゲームにおいてタカが有利となるのはハトが多数のときである.賢いタカは集団内の他者をハト化させることで,有利な地位を占めることができるのだ.儒教の教えは厚黒教の信者が実践することではないが,他者に向かって語りかける方便とすれば2つの思想に矛盾はない.賢いタカの言行不一致を,愚かなハトは気づいていない.
文献
1) 李宗吾,厚黒学,徳間文庫 (2002).
2) メイナード=スミス,進化とゲーム理論,産業図書 (1985).
(岡田 明)