リーダーシップ研修と権力への道

会社で行われる社員教育はさまざまだが,リーダーシップ教育が組み込まれることがある.数人で課題についての討論を行い,それをまとめて発表するというのが定番である.組織としての能力を高めるような行動を促すのが狙いのようだが,職場でこれを実践することは別の問題だ.職場のリーダーとして活躍している人の行動とは不整合があるからだ.このような不整合はリーダーシップについての教えの大半が,事実ではなく期待に,データではなく願望に,科学ではなく信仰に基づいているからだとジェフェリー・フェファーは指摘する.

科学的な取り扱いには,権力や地位を得るための行動を調査したデータが有用である.フェファーはスタンフォード大学で「権力への道(The Paths to Power)」と題する人気講座を受け持っている.そこで教えている内容は世の中で流布されているリーダーシップ理論とは相容れない.組織内で昇進して権力を獲得した人の行動の観察から,仕事で成功しようとする(地位や権力を手に入れようとする)強い意志とそれを達成するために自分を変えることが必要だと述べている.

重要なことは上司との関係である.上司を誉めて機嫌よくさせることであり,上司に言われたことを何でも最優先して大急ぎでやることは,仕事で実績をあげることよりはるかに重要度が高いのだ.上司の個人的利益と会社の利益の間には利益相反があることは言うまでもないから,会社で出世を目指すことは会社に利益をもたらす方向とは意味合いが異なる.

リーダーとしての資質の1つは必要な時に怒りを示す強引さであるとも指摘されている.謙虚や誠実さは昇進には有害で,自信過剰の方が有益である.ナルシストがリーダーに適しているのは,このような資質を兼ね備えているからだ.

謙虚や誠実さを備えている人が出世を目指すならば,周囲の期待に沿った振る舞いができるような自己変革が必要だ.女性やアジア人は概して謙虚であり,とくに女性は交渉でフェアであろうとする傾向が強い.謙虚な女性が成功を目指すには,勝とうとして交渉に臨む男性のように変身する自己変革が必要なのだ.

ケヴィン・ダットンは冷淡な感情を持つサイコパスの秘められた能力が実業界での成功に向いていると指摘した.サイコパス(Psychopathy)は凶悪犯罪者や詐欺師に多くみられる反社会性パーソナリティ障害(男性は3%,女性では1%存在する)であるが,成功した企業経営者や弁護士などには反社会性の低いマイルドサイコパスが多く認められる.情動によって判断がぶれることなく躊躇なく冷静沈着な判断を下すことのできる特性は現代社会での活動に適したパーソナリティのようだ.

ナルシシズム(Narcissism)は自己中心的で誇大感があり共感が欠如した自己愛性パーソナリティ障害,サイコパスは共感や後悔の感情がなく冷淡で無慈悲な利己主義が特徴であるが,これらの障害には外向性が高く誠実性や協調性が低いという共通点があり,昇進に有利な資質を備えている.

この2つに冷淡に他人を操作して自己利益を図る対人操作性が特徴のマキャベリアニズム(Machiavellianism)を加えたダークトライアド(Dark Triad)というパーソナリティ特性が2002年に提案された.この特性は組織の上位職に多く見出され,経済的な成功度も高いことも認められている.さらに,これに他人を苦しめて残酷さを楽しむことが特徴のサディズム(Sadism)を加えてダークテトラッド(Dark Tetrad)とする提案もあり,いずれにしても悪の気質を持つパーソナリティが社会で出世するリーダーとして有用な資質であることが,研究では明らかになってきているのだ.

厚黒学は教育者だった李宗吾が劉備や曹操などの英雄豪傑の行動を分析して,1910年頃に編み出したものだ.面の皮が厚く,腹黒い「厚黒」を成功者に共通する資質とする考え方で,荀子の性悪説に由来する.自己利益につながるならばへつらうが,役に立たなければ厚かましく振る舞う,弱みを突いての脅迫や贈賄を利用して目的を遂げるといった教えはフェファーにも通ずるところがある.

(岡田 明)

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