地球環境を転換する生き物たち

シアノバクテリアの出現は地球環境を一変させた.酸素を放出して,それまでの還元性環境を酸化性へと大転換したからだ.それまでの還元的な環境に適応していた嫌気性生物は表舞台から追いやられ,好気性生物の繁栄が始まった.

大気中の酸素濃度が高まったのは22億年前頃だが,シアノバクテリア (あるいはその祖先の酸素発生型光合成細菌) の登場は縞状鉄鉱床が形成された27億年前と考えられている.この根拠となるのは生物の化石ではなく,状況証拠だ.縞状鉄鉱床や赤色砂岩といった鉱物が生成された年代と現存する原核生物のリボソームRNA (rRNA) の解析から得られた系統樹に基づいた推定である[注1].

ズッカーカンドル (Emile Zuckerkandl) とポーリング (Linus Pauling) は脊椎動物のヘモグロビンのアミノ酸配列の違いと共通の祖先から分岐した時期の間に強い相関があることを1962年に発見し,それを発展させたウーズ (Carl Richard Woese) とフォックス (George E. Fox) はrRNAの塩基配列からすべての生物の系統樹を1977年に作成した[1a, 1b].

この系統樹は驚くべきもので,原核生物は実は大きく系統の異なる細菌と古細菌から構成されていることが見いだされたのだ.そして生物は細菌,古細菌,そして真核生物の3つのドメインから構成されるとの見解によって,生物の分類法も形態と生態の類似性から塩基配列の類似性を基準とするように変化した.

22億年前と言えば,地球年齢のほぼ中間点にあたる.地球誕生からその前半期を支配した嫌気性生物は酸素発生型光合成生物の出現によってその地位を追われ,好気性生物の時代への転換が起こったのだ.地球史の前半期を支配した嫌気性生物がどのようなものであったかは明らかではないが,カスティング (James F. Kasting) はメタンガスを生成するメタン菌であると考えている[2].暗い太陽のパラドックスと23億年前のヒューロニアン氷期の全球凍結を説明することができることがその主な論拠だ.生物化石による直接的な証拠ではなく,状況証拠を根拠としているのだ.

暗い太陽のパラドックスとは,地球誕生当初の太陽の放射エネルギーが現在の70%程度と低いレベルにあったから地球表層の温度は凍り付くほど低くなければならないのに,実際は温暖であったという1972年に提起されたパラドックスだ.これを説明するためには温室効果ガスによって地球を保温することが必要となるが,二酸化炭素による温室効果では不十分であり,それ以上に強力な温室効果ガスが大気中に存在しなければ説明できない.

太陽の輝きが現在の80%とすると,地表温度を氷点以上に保つには二酸化炭素なら2%必要だが,メタンならば0.1%でその温室効果を実現できる.そして全球凍結が起こったヒューロニアン氷期の説明については,シアノバクテリアの出現によって遊離酸素が大気中に溢れ出すとメタンが分解され,それによる温室効果が失われたために急速な寒冷化が起きたとの説明である.実際,35億年前の地球最古の生物化石は炭素粒子だが,それはメタン菌であると推測され,深海熱水活動域には水素と二酸化炭素をエネルギー源とする超好熱メタン菌とそれが作り出した有機物を栄養源とする超好熱発酵菌が現在でも生きている[3].なお,40℃以上の温度で生育する好熱菌のなかで,超好熱菌は至適生育温度が80℃以上のものだ.

もちろんシアノバクテリアの出現以前にシアノバクテリアの先祖が生存していたはずだか,繁栄していたメタン菌の陰に隠れてひっそりと生きていたのだろう.酸素発生型光合成を始めることによって生態系の革命が起こり,ひっそりと生きていた生物の子孫が大繁栄し,メタン菌は高濃度の酸素環境となった表舞台から退避せざるを得なくなったのだ.

メタン菌が動物の消化管内部や土壌のなかでひっそりと命を繋ぐ生活に急変したことは確実だが,実はメタン菌を含む化学合成生物 (光合成生物は光のエネルギーを利用するが,化学合成生物は化学反応をエネルギー源とする) は地下深部にも生物圏を形成していて,酸化性の地球表層から撤退しただけなのかもしれない.地下生物圏について知られていることは少ないが,地上や海洋を超える巨大なバイオマスが存在すると考えられている[4a, 4b, 4c].なお,遊離酸素による酸化反応によってエネルギーを得ている現存する化学合成細菌 (硫黄細菌,亜硝酸菌,硝酸菌など) はいずれも好気性細菌だから,かつての還元性環境に適応していた化学合成生物とは系統が異なる.

シアノバクテリアは2つの光反応系を保有しているから,水分子を光分解して水素を得ることができる[注2].しかし,2つ目の光反応系を獲得してシアノバクテリアに進化する前の先祖は1つの光反応系しか保有していなかったはずだ.1つの光反応系だけでは水分子を光分解することはできないが,水素を得るために硫化水素を光分解することはできる.

硫化水素は地上の温泉や深海の熱水噴出孔といった火山の火口から湧き出すが,オゾン層が形成されていなければ地上の温泉には光は十分にあっても紫外線が強すぎて生物の生存は難しく,深海の熱水噴出孔では紫外線による被害はないが,光合成に必要な光が豊富とは限らない.シアノバクテリアの先祖となる酸素非発生型の光合成生物にとって生存に好適な環境は必ずしも潤沢ではなく,先祖はひっそりと生存していたものであろうと推測される.

酸素非発生型の光合成生物のさらなる先祖は恐らく水素ガスを直接利用する化学合成生物であったろうと推察される[5].水素は火山ガスとしても供給されるが,カンラン石 (カンラン岩を構成する主要な鉱物) が水と反応して蛇紋石が生成する蛇紋岩化作用によっても発生する.カンラン石のマグネシウムのサイトに置換固溶している二価の鉄が磁鉄鉱 (Fe3O4) を形成して三価になるとき,そのバランスを取るために水分子が還元されて水素が発生するのだ[6].簡略的な反応式は以下のようだ.

\begin{eqnarray}
\mathrm{3(Mg_{0.9}Fe_{0.1})_2SiO_4 + 4.1H_2O → 1.5Mg_3Si_2O_5(OH)_4} \\
\mathrm{+ 0.9Mg(OH)_2 + 0.2Fe_3O_4 + 0.2H_2} \qquad \quad
\end{eqnarray}

実際には蛇紋石もブルーサイト (水酸化マグネシウム) も鉄をある程度固溶するのだが,簡略的な反応式は蛇紋石もブルーサイトも鉄をまったく固溶せず,すべての鉄が磁鉄鉱となると想定している.原始海洋が誕生したときには,海底の岩石に含まれるカンラン石が分解して蛇紋石が形成され,カンラン石に豊富に含まれていた二価の鉄は蛇紋石にはあまり取り込まれず三価に酸化された酸化鉄となって沈殿する.水分子の還元に伴って発生する水素ガスは二価から三価に酸化された鉄の量に相当するのだ.

この水素ガスと二酸化炭素を利用した化学合成生物がシアノバクテリアの遠い先祖であったとしても,恐らく水素ガスと二酸化炭素からメタンを発生させてエネルギーを獲得する方式 (古細菌に属するメタン菌のみがこの能力を有する) の方が優勢で,細菌に属するシアノバクテリアの遠い先祖は化学エネルギーの獲得能力において劣っていたために劣勢だったのだろう.メタン菌は二酸化炭素を固定する独立栄養生物であるが,化学エネルギーに依存するシアノバクテリアの遠い先祖がメタン発酵の能力を獲得したとは考えにくいから,独立栄養生物として蛇紋岩化作用のような無機的な化学反応あるいは従属栄養生物としてメタン菌の死骸を嫌気性分解してエネルギーを得て生きていたのかもしれない.いずれにせよシアノバクテリアのご先祖様は苦難の道を歩いてきた可能性があるのだ.

地球誕生直後に生まれた生物は早期に古細菌と細菌に分岐して進化したが,前半の約24億年はメタン菌に代表される古細菌が優勢であったと推察される.細菌はひっそりと生息していた化学合成細菌から酸素非発生型の光合成細菌へと進化し,さらに酸素発生型のシアノバクテリアへと進化した約22億年前に大逆転を果たしたのだ.しかし,古細菌は好気性細菌を体内に取り込んで細胞小器官としたミトコンドリアをパートナーとして,好気性の真核生物への変貌を図った[7].さらに真核生物はその細胞内にシアノバクテリアを取り込んで葉緑体を獲得し,紅藻や緑藻への進化も遂げた.真核生物の光合成生物への進化は,真核生物の紅藻や緑藻を細胞内に取り込んで葉緑体とする二次共生によっても成し遂げられた.褐藻や珪藻の出現は,紅藻を体内に取り込んだ二次共生の顛末だ[注3].

約40億年にもわたる生物の進化を概括すれば,カンブリア爆発以降の動植物の進化などは地球史の13%にも満たない短期的な現象であり,主役は共通祖先から分岐した細菌と古細菌のせめぎ合いである.地球史の前半部は古細菌が支配し,細菌の一種であるシアノバクテリアの出現によって古細菌は後半部の主役の座を追われたが,真核生物に変身して復活を遂げたのだ.

原始生命体はさまざまな有機物が組み合わさって代謝と増殖が可能となったもので,その中のひとつが共通祖先へと進化したと考えられている.原始生命体も共通祖先も現時点では想像上の存在にしか過ぎないが,科学研究によって新規な原始生命体を合成することが可能となれば,現存する生命体を凌駕する仕組みを持った競争力の高い生命体が出現する可能性も否定できない[注4].

原始生命体の合成研究は現存するすべての生物種を表舞台から追いやり,新規な生物界を切り開く可能性を秘めている.競争力の高い原始生命体が人工的に合成できれば,生命体の歴史において人類は革命的な生物進化をサポートした生き物として大きな足跡を残したことになるのだが,その革命的大転換の足跡を人類が目にすることが可能であるかどうかははなはだ疑問なのだ.現存するすべての生物の共通祖先から進化した生命体がまったく系統の異なる生命体によって駆逐される恐怖はH・G・ウェルズ (H. G. Wells) が1898年に発表した小説 (The War of the Worlds) にも描かれている.それは火星の生命体が地球の生命体に駆逐された悲劇である.

[注1] コドンは1個のアミノ酸を指定するRNA (リボ核酸) の3つの塩基配列である.4種類の核酸塩基 (アデニン,シトシン,グアニン,ウラシル) が3つ並ぶ組み合わせ,すなわち43 = 64通りの塩基配列が20種類のアミノ酸と終止コドンおよび開始コドンを通常は指定するのだが,終止コドンの一部がアミノ酸 (セレノシステインとピロリシン) を指定する特殊なケースがあるので,厳密には22種類のアミノ酸が指定される.DNA (デオキシリボ核酸) の塩基配列は伝令RNA (mRNA) 鎖に転写され,それはリボソームと結合する.なお,DNAの塩基配列がmRNAに転写されると,塩基のチミンはウラシルに変化する.リボソームは,大小2つのサブユニットからなり,それぞれのサブユニットはリボソームRNA (rRNA) 分子と多数のタンパク質から構成されている[8].16SリボソームRNA (16S rRNA) は原核生物リボソームの小サブユニット (SSU) を構成し,18S rRNAが真核生物リボソームのSSUを構成するのだ.なお,リボソームなどの大きさはSを単位とする沈降係数で表され,大きな粒子は沈降係数も大きい.原核生物のリボソームの沈降係数は70S,大サブユニット (LSU) は50S,SSUは30Sで,SSUを構成するrRNAの沈降係数は16Sである.リボソームではコドンによって指定された順序でアミノ酸をつなぎ合わせてポリペプチド鎖 (タンパク質) が形成される.まずリボソームはmRNA鎖に記録されたコドンを読み取って開始コドンを見つけ,そこからタンパク質合成作業に取り掛かる.続いて転移RNA (tRNA) によってリボソームへと運ばれたアミノ酸がmRNA鎖に次々と結合することによってポリペプチド鎖が形成される.そして終止コドンに出会うと作業は終了し,リボソームから切り離されたポリペプチド鎖は折り畳まれて三次元構造体となる.このタンパク質の幾何学的な形状が酵素としての触媒機能に関係するのだ.原核生物の系統樹は16S rRNAの近縁性をもとに作成されるが,真核生物の系統樹はそれに似た18S rRNAがもとになる.なお,リボソームではこのようにタンパク質が製造されるのだが,その一文字違いのリソソーム (真核生物のみが有する細胞小器官) は外部から細胞膜内に取り込んだ栄養分や細胞膜内で不要となったタンパク質などを加水分解する消化器と廃棄物処理を兼ねた装置である.

[注2] シアノバクテリアが酸素発生型の光合成を行えるのは,Type I と Type II の2種類の光化学系を有するからだ[9a, 9b, 9c].これによって光のエネルギーで水分子を分解して得た水素イオンと電子を二酸化炭素に結合させて糖を製造する.その実際の機構はかなり複雑だが,あえて簡略化すれば,水素イオンと2個の電子はNADP+ (ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸の酸化型) に結合してNADPH (ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸の還元型) として貯えられ,光のエネルギーの一部はADP (アデノシン二リン酸) に3つ目のリン酸基を結合させたATP (アデノシン三リン酸) の化学結合のエネルギーとして貯えられるのだ.水素を二酸化炭素に結合させて糖を合成する化学反応を進めるエネルギーはATPに貯蔵されたものを利用し,水素と電子はNADPHから供給される.エネルギーが放出されればATPから1つのリン酸基が外れてADPに,水素イオンが消費されればNADPH はNADP+に戻る.実際にはATPから外れた1個のリン酸基が有機物に化学結合することによってエネルギーは付与されるのだが,このような複雑な化学反応の連続 (カルビン回路) によってシアノバクテリアは糖を合成する.しかし,1種類の光化学系しか持たなければ光のエネルギーで水分子を分解することはできず,酸素非発生型の光合成生物になる[9a, 9b, 9c].Type I の光化学系を有する現存する生物としては緑色硫黄細菌やヘリオバクテリア,Type II の光化学系を有するものには紅色細菌や緑色糸状性細菌が知られている.これらはいずれも温泉でバイオマットを形成し,硫化水素を分解して水素イオンを得ている[10].2種類の光化学系を有する酸素発生型光合成生物の先祖は,1種類の光化学系を有する酸素非発生型の光合成生物であり,それが何らかの方法で2つ目の光化学系を獲得したはずなのだが,それは遺伝子の水平伝播によるとの説が有力だ.

[注3]  シアノバクテリア (藍藻) が真核生物の細胞内に取り込まれて葉緑体になり,紅藻,緑藻,そして灰色藻が生まれ,紅藻や緑藻はさらに他の真核生物に取り込まれてさまざまな二次共生による藻類が誕生した[11a, 11b, 11c].紅藻を取り込んで葉緑体とした二次共生藻類がクリプト藻,渦鞭毛藻,ハプト藻 (円石藻など),不等毛植物 (褐藻や珪藻など) などで,緑藻を取り込んで光合成能力を得たミドリムシは,運動能力を維持して,摂食活動と葉緑体による光合成の両者によって栄養分を獲得している.

[注4] 無機物からアミノ酸のような生命を構成する有機物が生成することは,ユーリー・ミラーの実験 (Miller-Urey experiment) に代表されるように,放電などのエネルギーを与えれば実現されることはよく知られている[12a, 12b].しかし,パスツール (Louis Pasteur) が有機物の海から新たな生命体を合成する自然発生説の実証実験に失敗し,微生物は自然発生しないと結論して以来,有機物から生命体を産み出す試みは頓挫が続いている.僅かな手掛かりとしてウォードらは,RNA鎖を結合させて30個程度つながるとRNAが複製を始めることが,ショスタク (Jack William Szostak) らによって明らかになったことだと指摘した[13].ウォードらの著書には,初期の地球ではモンモリロナイトに単体のヌクレオチド (糖に塩基とリン酸基が結合したもの.RNAを構成する糖はリボース,DNAの場合はデオキシリボース) がゆるやかに結合して,それが重合 (縮合重合) してRNA鎖になる.そして原始細胞はRNA鎖が脂質に富む液体の小さな泡のなかに取り込まれたときに誕生するのだと書かれている.

文献
1.例えば,(a) 二井一禎,われら古細菌の末裔,共立出版 (2023).
 (b) 宮田隆,分子からみた生物進化,講談社 (2014).
2.J・F・カスティング,原始地球の気候を支配したメタン菌,日経サイエンス,34 [10] 76-84 (2004).
3.高井研編,生命の起源はどこまでわかったか,岩波書店 (2018).
4.例えば,(a) 加藤憲二,永翁一代,地下生物圏,地学雑誌,114 [3] 434-444 (2005).
 (b) 長沼毅,陸上深部地下生物圏の研究,地学雑誌,122 [2] 363-384 (2013).
 (c) 高井研,稲垣史生,地殻内微生物圏と熱水活動,地学雑誌,112 [2] 234-249 (2003).
5.山本啓之,化学合成生態系の生産者 化学合成原核生物,日本ベントス学会誌,58 20-25 (2003),
6.野坂俊夫,蛇紋岩化作用における水素の発生に対する岩石学的制約条件,岩石鉱物科学,41 [5] 174-184 (2012).
7.佐藤直樹,細胞内共生説の謎,東京大学出版会 (2018).
8.金井昭夫,RNAの科学,朝倉書店 (2024).
9.例えば,(a) 嶋田敬三,高市真一編,光合成細菌 (酸素を出さない光合成),裳華房 (2020).
 (b) 伊藤繁,光合成の進化,光合成研究,22 [1] 14-30 (2012).
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10.松浦克美,高温環境下の光合成細菌と光合成の進化,Microbes and Environments,13 [4] 269-275 (1998).
11.例えば,(a) 塚谷祐介,クロロフィル色素類の合成系の進化,光合成研究,26 [3] 192-203 (2016).
 (b) 井上勲,藻類が牽引した地球進化と生物進化,日本微生物資源学会誌,34 [2] 57-72 (2018).
 (c) 井上勲,藻類30億年の自然史,東海大学出版社 (2006).
12.例えば,(a) 小林憲正,生命の起源,講談社 (2013).  
 (b) 石川統,山岸明彦,河野重行,渡辺雄一郎,大島泰郎,化学進化・細胞進化,岩波書店 (2004).
13.ピーター・ウォード ,ジョゼフ・カーシュヴィンク,生物はなぜ誕生したのか,河出書房新社 (2016).

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