消えた二酸化炭素を杞憂する

金星の大気圧は95気圧でその大気の98.1%は二酸化炭素だ.火星の大気圧は0.0006気圧に過ぎないが,その大気の95.3%は二酸化炭素だ.それに対し,地球の大気圧は1気圧でその78.1%が窒素,20.9%が酸素,0.93%がアルゴンだ.

地球大気の特徴は酸素が多く二酸化炭素が少ないことだ[1].酸素が多いのは光合成生物の活動のためだ.紫外線による水蒸気の光分解によって生まれた極微量の遊離酸素は原始大気にも存在したが,シアノバクテリアが登場して酸素発生型の光合成を始めると,海水中の酸素濃度が高まって海水に溶けている二価の鉄イオンを酸化する[注1].鉄イオンは三価となって水への溶解度の低い水酸化第二鉄等の沈殿が生じ,27~19億年前には大規模な縞状鉄鉱床が誕生した.そして遊離酸素は大気中に溢れ出したのだ.この酸化的な大気が形成されたのは,陸上に堆積した砂岩の砂粒の表面が酸化鉄鉱物でコーティングされた赤色砂岩が見いだされるようになった22億年前からだと考えられている.なお,縞状鉄鉱床の生成は38億年前にも認められるが,これはシアノバクテリアが活動を始めたときよりかなり古い時代だ.この生成機構は明らかではないが,海水に溶けている二価の鉄イオンが炭酸塩として沈殿し,それが続成作用で酸化物に変化したとする仮説が提案されている[2a, 2b].

シアノバクテリアの登場以前の地球が遊離酸素に乏しい還元性環境であるなら,そこに生息していたシアノバクテリアの先祖を含む嫌気性生物が生み出した有機物が酸化分解されることはない.生物の死骸が貧酸素状態の海底に沈降したならば,有機炭素の海底への集積は進むだろうが,有機炭素の一部はメタン生成菌のような嫌気性微生物によって分解された可能性もあり,長い時間を経過すれば海洋地殻とともに海溝からマントル中に埋没してしまったことも考えられる.このような状況はシアノバクテリアが登場してもしばらくは基本的には変わらず,発生した酸素は縞状鉄鉱床の形成だけでなく海底に降り積もった有機炭素の酸化にも消費されていたのだろう.

光合成によって二酸化炭素が消費されて有機物が生成しても,それが酸化分解されれば再び二酸化炭素に戻るから,酸化分解されなかった有機物のみが有機炭素となって貯蔵される.死んだ植物は腐葉土,そしてそれが土壌と混じり合えば腐植土となり,地下に埋没された植物の遺骸が炭化すれば泥炭になる.石炭と石油は有機物が長期にわたって酸化分解されずに地下に残ったものだ.

石炭紀に死んだ植物 (巨大シダ植物など) が埋没して石炭に変化すると大気中の酸素濃度は高まった.35%とも言われるこの高酸素環境に適応したのがメガネウラ (オオトンボ) に代表される巨大昆虫だ.昆虫を含む節足動物は気門を通して取り込んだ空気を,肺を用いることなく拡散によって体内に行き渡らせるため,身体を太くすることに限界がある.大気中の酸素濃度が高まったことによってトンボやヤスデやウミサソリは一時的に太く大きく進化したのだ.しかし,石炭紀末期 (2.9億年前) に白色腐朽菌が登場して,セルロース,ヘミセルロースおよびリグニンを分解するようになると大気中の酸素濃度は低下を始めた[3a, 3b].ペルム紀には大気中の酸素濃度が急降下し,中生代の三畳紀とジュラ紀の境界付近では13%程度にまで低下した[4].

石油と天然ガスはおもに中生代の浅海に繁殖したプランクトンの死骸が地下深くの熱で変成したものだと考えられている[5a, 5b].有機物は堆積岩のなかでケロジェンとなり,それが熱分解して石油あるいは天然ガスとなるのだが,そのどちらになるかは地下の温度次第だ.オイルシェールはケロジェンを含む岩石だが,熱分解によって流動性が高まると移動し,それが溜まったところが油田になる.石油を通さない地層が湾曲していて,その下に石油や天然ガスが集まって溜まれば油田が形成されるのだが,石油が砂岩に移動してその揮発成分を失えばオイルサンドになる.また,地下に埋没した有機物がメタン生成菌によってメタンガスに変化し,その一部が低温・高圧のもとで化学変化すればメタンハイドレートが形成される.

このように二酸化炭素は光合成によって有機物に変えられ,その一部が酸化分解されずに地下に化石燃料などとして貯蔵されれば大気中の二酸化炭素濃度は低下する.シアノバクテリアの登場以降に酸素発生型の光合成によって有機炭素として固定された二酸化炭素量は,(i) 海水中の溶存酸素,(ii) 縞状鉄鉱床の形成に費やした酸素,(iii) 大気中の遊離酸素,および (iv) 原始大気や火山ガスに含まれる還元性ガスとシアノバクテリアの登場以前の海底に集積していた有機物の酸化に費やした酸素の総量に相当すると見なしてもよいだろう.

地殻の堆積岩には二酸化炭素に換算すると最大90気圧に相当する石灰岩などの炭酸塩や有機炭素が存在する[6].ウォーカー (J. C. G. Walker) の1985年の試算によれば,マントル中に埋没した量は不明だが,地殻の堆積岩と変成岩に蓄えられた炭素量を二酸化炭素に換算すれば40.6気圧になる[7].これに深海堆積物と海洋と大気の炭素分を加えても42.3気圧だから,地球誕生時の大気にあった二酸化炭素は少なくとも42.3気圧であり,その96% (40.6気圧に相当する量) が大陸の岩石となっているのだ.これらに加えて,マントル中に埋没している二酸化炭素が地球誕生時の大気を構成していた二酸化炭素ガスの総量であろうと想像される.

炭酸塩鉱物の地層の中に化石が見つかることは珍しくない[注2].円石藻や有孔虫そしてサンゴ虫などの石灰質の殻を持った生物の死骸が海底に沈殿し,それが海洋地殻に乗って海溝からマントルの内部に潜り込んでしまえば,それが再び地上に復活するのは火山活動によらねばならないが,海洋地殻が海溝からマントル内に潜り込むときに付加体として大陸地殻に付着するならば大陸地殻を構成する石灰岩になる.

二酸化炭素の石灰岩への固定化は,おもに岩石の風化と生物による石灰質の殻形成による.淡水に溶け込んだ二酸化炭素は主に炭酸水素イオンとなって岩石を構成する鉱物から陽イオンを溶出し,それが海に入ると生物が体内に取り込んで石灰質の殻を作る[注3].そして生物の死によって石灰は海底に沈降する.これによって淡水から供給された大気中の二酸化炭素は固定化される.なお,炭酸水素イオンがカルシウムを溶解すると硬水になるが,この硬水を煮沸すると以下のような化学反応によって石灰の沈殿が生じて二酸化炭素は固体化する.

$$ \mathrm{Ca}^{2+} + 2 \mathrm{HCO}_3^- → \mathrm{CaCO}_3 + \mathrm{H_2O} + \mathrm{CO}_2$$

硬水の加熱によって石灰の沈殿は生ずるのだが,炭酸カルシウムの殻は生物の代謝過程が関与して生成する[8].たとえば,サンゴ虫による炭酸カルシウムの殻形成は,ポリプ中に共生する褐虫藻が光合成を行って炭酸イオンを消費したことが原因だ.炭酸イオンを失ってアルカリ性となったサンゴ虫の体液を中和させるため,Ca2+を炭酸カルシウムとして沈殿させた結果がサンゴの殻形成なのだ[8].

原始海洋ができたときの大気中の二酸化炭素分圧は地球誕生時の数十気圧より大幅に低下して,10気圧程度であったろうと考えられている[9].そして大気中の二酸化炭素分圧は冥王代,太古代そして原生代を通じて低下が進み,生物が登場してバイオミネラリゼーションによる石灰化を始めた頃にはさらに低下が進んでいたと考えられている[8].少なくとも冥王代や太古代には,生物が関与しない無機的な機構で大量の炭酸塩が生成したはずなのだが,それは次のように起こったと想像される.

地球形成時の冥王代には微惑星の衝突によって地球表層にはマグマオーシャンが形成され,揮発性成分がマグマオーシャンから放出された.大部分は水蒸気 (86.9%) と二酸化炭素 (10.7%) で,少量の塩化水素 (1.8%),二酸化硫黄 (0.26%),窒素 (0.23%),水素 (0.20%) を含む原始大気が形成された [10].なお,星間ガスの主成分である水素とヘリウムを地球の重力圏内に留めることはできなかったのは,ガスの質量が小さ過ぎそれを引き留めるための地球の質量も小さ過ぎたためだ.その後,地表のマグマは冷えて固化し,大気中の水蒸気が雨水となって地表に原始海洋を形成し,原始大気に含まれていた塩化水素や二酸化硫黄が原始海洋に溶解すると海水は酸性になって海底の岩石を分解した.斜長石からはナトリウムやカルシウムイオンが溶出し,輝石やカンラン石からはマグネシウムや二価の鉄イオンの溶出が起きたことは容易に想像可能だ.

海水が中性になれば大気中の二酸化炭素が溶解し,それは海水中のカルシウムイオンと結合して炭酸カルシウムとして沈殿する.海水中の二酸化炭素量が減少すれば,さらに二酸化炭素の溶解が進むといったプロセスの継続にはカルシウムイオンの供給が必要になるが,供給源の候補は陸地の岩石からの雨水による溶出だ.大気中の二酸化炭素分圧の急速で持続的な低下は大陸地殻の形成と成長が顕著となった太古代から原生代の間も継続して進んだのであろう.炭酸マグネシウムや炭酸鉄の沈殿も生じたかもしれない.海水中の硫酸イオンもカルシウムイオンと結合して石膏となって沈殿するだろうから,残った海水は塩化ナトリウムを主成分とする水溶液になる.

実際,太古代の海洋地殻では斜長石と輝石が溶解して緑泥石と方解石と石英が生成する反応が起こったとされる[7].これをカルシウムのみを含む灰長石 (CaAl2Si2O8) とマグネシウムのみを含む頑火輝石 (MgSiO3) に簡略化して表現すれば,反応式は以下のように示される.

\begin{eqnarray}
\mathrm{CaAl_2Si_2O_8 + 5MgSiO_3 + 4H_2O + CO_2} \\
→ \mathrm{Mg_5Al_2Si_3O_{10}(OH)_8 + CaCO_3 + 4SiO_2}
\end{eqnarray}

冥王代から太古代そして原生代になっても続いたと推察される無機的な機構によって生成されたはずの莫大な量の炭酸塩鉱物はどこにいったのだろう.化石がまったく含まれない石灰岩として大陸地殻の深部にひっそりと存在しているのだろうか.それともほとんどすべてがマントル内に埋没して,火山の噴火とともに大量の二酸化炭素が大気に戻る準備中なのだろうか.あるいは無機的な機構による大規模な二酸化炭素の固定化によって生成した炭酸塩鉱物のほとんどはもうすでに分解されてしまい,一部は堆積岩として残存しているとしても,大部分は新たに生物起源の石灰岩に作り替えられてしまったのだろうか.

二酸化炭素濃度が高まったから温暖化したのか,温暖化したから二酸化炭素濃度が高まったのかといった因果関係については必ずしも良く理解されているわけではないが,両者には良い相関がある[1].化石燃料の燃焼による大気中のわずかな二酸化炭素濃度の穏やかな上昇には関心が寄せられているが,原始大気にあった二酸化炭素の多くは石灰岩に姿を変えて固定化されている.化石燃料の燃焼等による有機炭素からの二酸化炭素の発生は大気中の酸素濃度の低下を伴うが,石灰岩の分解には酸素濃度の変動は関与しない.鉄鋼やセメント製造時における炭酸塩鉱物の分解に伴う二酸化炭素の排出や火山からの放出量を大幅に上回るような膨大な二酸化炭素が突然どこからか湧き出てくれば,急激な温暖化が起こることは避けられない.酸性雨や海洋酸性化によって炭酸塩鉱物の分解が進むことは容易に想像できるが,原始大気から消えてしまった行方知らずの二酸化炭素ガスの一部が地上への突然の復活を成し遂げることを気に掛けることは杞憂なのだろうか.

[注1] 27億年前以降の地層に見いだされるストロマトライト (Stromatolite) は石灰質の縞状堆積岩である.そのなかに化石は残ってないが,先カンブリア時代のストロマトライトと同様な構造体 (シアノバクテリアが住みついているストロマトライト) が1960年にオーストラリアのシャーク湾で発見されてから,先カンブリア時代のストロマトライトもシアノバクテリアが生み出したバイオマットにバイオミネラリゼーションによって生成した石灰質の沈殿物などが付着して形成されたと考えられるようになった[11].だが,シアノバクテリアが活動を始めたとされる時代より古い35億年前の地層に発見されたストロマトライトあるいは縞状炭酸塩岩の生成機構もそうなのかについては定かでない.

[注2] 円石藻 (ハプト藻類),有孔虫,サンゴ虫 (刺胞動物) の殻に加え,巻貝 (腹足類) や二枚貝 (斧足類) やフジツボ (甲殻類) の外骨格,脊椎動物の耳石,爬虫類や鳥類の卵の殻,ウニの棘や殻などには炭酸カルシウムが多く含まれている[12].カルシウムのリン酸塩 (ハイドロキシアパタイト) は脊椎動物の骨格や歯,シャミセンガイ (腕足動物の一種) の外骨格などを形作る.珪藻や放散虫は非晶質シリカ (SiO2・nH2O) の殻を有し,海綿動物の骨格にもシリカが多く含まれている.イネ科の植物では表皮のクチクラ層の下にシリカ粒子が沈着している.これらはいずれも顕生代になって出現した真核生物だが,バイオミネラリゼーションは多様な生物種に繰り返し発生した現象のようだ.なお,石灰質の殻を持った最古の生物は,原生代末 (エディアカラ紀) に現れたクラウディナ (Cloudina) とされている.

[注3] 二酸化炭素 (CO2) が水に溶解すると,炭酸 (H2CO3),炭酸水素イオン (HCO3),炭酸イオン (CO32) の間に化学平衡が成立する.そして6.35 < pH < 10.33のときには,炭酸水素イオンが主要なイオンになる[13].二酸化炭素が溶け込んだ雨水はpH 6程度の酸性で,河川水は鉱物溶解のために中性に近くなり,海水はpH 8程度の弱アルカリ性を示すことが知られている.

文献
1.田近英一,大気の進化46億年,技術評論社 (2011).
2.例えば,(a) 川上紳一,東條文治,地球史が良くわかる本 [第2版],秀和システム (2009).
 (b) 川上伸一,生命と地球の共進化,日本放送協会 (2000).
3.例えば,(a) 堀千明,吉田誠,五十嵐圭日子,鮫島正浩,ゲノム情報解析で明らかとなった多様な木材腐朽菌の起源と進化,木材学会誌,65 [4] 173-188 (2019).
 (b) 堀千明,五十嵐圭日子,鮫島正浩,木材腐朽担子菌のゲノム・ポストゲノム解析から植物細胞壁と分解酵素の共進化を考える,化学と生物,53 [6] 381-388 (2015).
4.例えば,田近英一,地球史における大気酸素濃度の変遷と生物進化,Medical Gases, 24 [1] 1-6 (2022). 
5.例えば,(a) 佐藤俊二,石油の成因,燃料協会誌,67 [6] 364-373 (1988).
 (b) 浅川忠,石油の有機起源,地学雑誌,102 [6] 708-714 (1993).
6.田近英一,凍った地球,新潮社 (2009).
7.月村勝弘,地球46億年物質大循環,講談社 (2024).
8.大嶋和雄,二酸化炭素濃度と気候変動史,石油技術協会誌,56 [4] 300-309 (1991).
9.丸山茂徳,磯崎行雄,生命と地球の歴史,岩波新書 (1998). 
10.北野康,炭酸塩堆積物の地球化学,東海大学出版会 (1990).
11.川上紳一,高野雅夫,熊澤峰夫,地球環境と生物の歴史 バイオマットからの視点,Microbes and Environments,13 [1] 31-37 (1998).
12.大森昌衛,須賀昭一,後藤仁敏編,海洋生物の石灰化と系統進化,東海大学出版会 (1988).
13.例えば,掛川武,海保邦夫,地球と生命,共立出版 (2011).

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