イノベーションのこれまでとこれから

シュンペーターは無から有が生ずるとは考えなかった.革新(イノベーション)が経済発展の駆動力であり,そのイノベーションは新たな結合(New Combination)によって起こると考えた.

製品開発を例にとれば,既存技術を組み合わせて製作した試作品をもとに改良を重ねて販売される商品が製作される.それを実際に市場に投入しても売り上げに繋がって収益が上がるとは必ずしも限らないから,市場の反応がかんばしくなければ,それをフィードバックして製品を再改良して再び市場に投入する場合もでてくる.顧客に受け入れられた商品は,さらに顧客満足度を高めるような改良が施される.新製品へのモデルチェンジは持続的に行うことが一般的である.

このような商品の進化は夥しい数の漸進的イノベーション(Incremental Innovation)の集積によるものである.その中で既存技術との連続性に乏しく効果の大きかったものを革新的イノベーション(Radical Innovation)として取り上げられるようだが,漸進的イノベーションとの区分を明確にすることは難しい.

改良の繰り返しによって,性能は高まり,コストは低下する.場合によっては,便利な機能が追加されて基本構成が変化する場合もある.例えば,テレビはブラウン管型白黒テレビとして登場し,それがブラウン管型カラーテレビに進化した.その後,平面ディスプレイに置き換わり,液晶テレビや有機ELテレビが登場した.チャンネル切り替え方式も機械式からリモコンでの遠隔操作に変化した.情報通信方式も電波塔から電波を送るアナログ放送から,地上デジタル放送や衛星からの電波によるものへと変化し,インターネットで情報を配信することも可能となっている.

このなかでカラーテレビの開発や平面ディスプレイの開発を性能向上に係わる革新的イノベーションとみなせば,ブラウン管型カラーテレビにおける絶え間ない改良が漸進的イノベーションに相当する.リモコンの採用は便利な新機能を追加したイノベーションと位置付けてよい.アナログ放送とデジタル放送の間には技術的な相違は大きいものの同一の事業者のなかで革新が行われたのは,自由競争ではなく官民一体となって立案した計画通りに進んだからだ.

算盤や計算尺は暗算や筆算より優れた道具として利用されていたが,電卓が予期せず登場すると廃れてしまった.銀塩写真もデジカメが普及すると廃れてしまった.機械式時計も水晶振動子を使ったクオーツ時計の予期せぬ出現によって劣勢となった.フィラメント式の白熱電球もLED電球が普及して廃れ始めている.このように利用目的が同じでも全くルーツの異なる技術に置き換わるイノベーションも多く見られるようになっている.市場が自由競争によって出現した新たな技術によって支配され,旧来の技術が駆逐されてしまうイノベーションである.

このような基本技術の大幅な変更を伴うイノベーションが起これば業界構造の大変化も避けられない.算盤や計算尺や銀塩フィルムのメーカーでは本業の売り上げが大幅に減少し,新事業に進出して成功を収めなければ会社の存続も危うくなる.機械式時計や白熱電球を製造していたメーカーも新技術を取り込んでの生き残りが課題となったが,この動乱期に乗じて市場参入を果たして成功した業者にとっては朗報であった.

一般的なイノベーションでは改良を繰り返して,製品の性能は高まる.クリステンセンは性能が劣るタイプのイノベーションも起こることを指摘し,これをローエンド型の破壊的イノベーション(Disruptive Innovation)と名付けた.寿司職人の握る手づくりの寿司に対して,回転寿司では機械化が進んで安価に提供することが可能となった.100円ショップで売られる商品の特徴は高性能ではなく,消費者の最低限の仕様を満足する低価格だ.ユニクロ,ニトリ,IKEA,アイリスオーヤマなどの急成長も低価格が特徴のローエンド型のイノベーションだ.

機能削減によってもイノベーションを実現できる.1979年に発売されたウォークマンはポータブルカセットテープレコーダーである.スピーカーと録音機能がないが,軽量なので持ち運びながら音楽を楽しめる利点がある.ヘアーサロンIWASAKIの散髪料金は690円と安価だ.髭剃りや洗髪はなく散髪のみだが,10分程度の短時間で作業の終わる長所がある.格安航空会社(Low-Cost Carrier)では,機内サービスを簡略化し,駐機料の安い地方の中小空港に乗り入れて収益を確保する.機能削減によってローエンド型イノベーションが実現されることが多いが,ウォークマンは新たな市場価値を生み出した.

ウォークマンのように新たな市場を創出する新市場型が,もう1つの破壊的イノベーションであるとクリステンセンは主張した.AIBOのようなペットロボットやロボット掃除機にはコンピュータが組み込まれ,スマホ用のゲームソフト,AbemaTVに代表されるインターネットテレビ局,食べログなどのグルメレビューサイトなどはコンピュータに組み込まれている.近頃の新市場型イノベーションの多くは情報技術とマーケティングの新たな結合によって生まれるようだ.

イノベーションでは一般に性能は向上し,機能は増加するが,クリステンセンが指摘したように性能低下や機能削減のイノベーションも存在する.然らば,イノベーションでコストは必ず低下するのだろうか.

熟練工が従事する複雑な作業工程を分割して,作業員が単純作業に特化すれば生産性は向上して製造コストは低減する.アダム・スミスはピンの製造工程を例示して分業の原理を説明したが,フォードは自動車の製造工程で分業による低コスト化を実現した.T型フォードの流れ作業方式による生産である.トヨタ自動車はかんばん方式(Just-In-Time Manufacturing)による部品の生産・納入方式によって,在庫を減らすことで費用を削減した.製造コストを低減するイノベーションは工程の合理化によって可能であり,労働者派遣のように労務費を低減させるイノベーションも進んでいる.

他方,販売費用はどうだろうか.市場での売買価格は販売者と購入者の交渉によって定まることを原則とすれば,競売は合理的であるが,商品を求めて多くの購入希望者が集まる必要があるので小売りでは現実的ではない.自動車や家電販売では価格交渉が行われているが,定価販売が一般には普及している.

1673年創業の越後呉服屋では現金掛け値なしの定価販売を始め,世界最初の百貨店と言われている1852年創業のパリのボン・マルシェ百貨店も定価販売である.定価販売なら価格交渉のスキルを持たない販売員を雇用できる.百貨店は対面販売が基本であるが,スーパーマーケットでは客が商品をカゴに入れて,レジまで持ってくる.このように販売員の生産性が上がって販売費用は低下したが,店舗費用は必要である.カタログを使った通信販売やインターネットショッピングでは送料が発生するが,店舗費用を削減できる.製造・販売に係わる費用はイノベーションによって低減するのだ.

購入費は消費者が支払う費用のすべてではない.電気製品を使用すれば電気代がかかり,自動車はガソリンなどのエネルギー費に加え,整備費,保険料,税金などの維持費用が必要である.購入時に支払う初期費用に加えて,使用時にかかるランニングコスト,さらに廃却時に支払う費用を加えた総費用の視点が重要である.省エネ型の電気製品や自動車の初期費用は高いが,長期間の使用が可能ならば総費用の削減に有効な場合もある.このような観点が重視されるようになって,家電や自動車は省エネ型に移行しているが,解体費用を考慮して住宅を購入する人はまだ少ない.

以上を総括するに,性能向上を目指すイノベーションは研究所などの開発部門が主導して,達成目標に向かった試行錯誤を繰り返す.目標値を定めて,その目標に向かって邁進するのみだ.他方,多機能化を目指すならば,どの機能を追加するかが肝要となり,マーケティングが重要な要素となる.ラジオにカセットテープレコーダーを組み合わせたラジカセ,テレビにビデオテープレコーダーを組み込んだテレビデオなどが過去の事例としてあげられるが,最近の事例では携帯電話から進化したスマホにインターネット,電卓,時計,カメラ,ゲームなどのさまざまな機能が組み込まれている.ローエンド型も開発した商品に需要があるかどうかを前もって知ることが重要なので,マーケティングが重視される.

安かろう悪かろうでは価値がないが,消費者の仕様を満足する範囲内で不必要な機能や性能を削減して低価格を実現することには大きな価値がある.実感できない高性能も使いこなせない多機能も必要とは思わなくても,支払い費用の削減には異論はないようだから,ローエンド型や総費用を低減するイノベーションには人気がある.

新市場型についてはアイデアが重要で,思いついたアイデアを自由に実現してみることから始まる.自由な行動を制限しないことが肝要だが,不適切だったと判断されるイノベーションが誕生するリスクもある.不適切なイノベーションを抑え込むには規制が有効だが,適切なイノベーションの登場も同時に抑制してしまう.自由で寛容な社会が新市場型イノベーションの発展には有利なようだ.

材料技術の革新は社会の大変革をもたらした.石器や土器や青銅器に始まった材料の技術革新は,ローマンセメントやポルトランドセメント,ダービー父子のコークス製鉄法,ヘンリー・コートのパドル法にベッセマー転炉,吹きガラスにフロート法,灰吹法に電解精錬,カロザースのナイロンにチーグラー・ナッタ触媒,半導体に集積回路と脈々と継続してきた.この系譜を受け継いで,材料の技術革新の準備は着々と進行しているようだ.さて,次の材料技術の革新によって社会はどのような大変革を遂げるのであろうか.材料革新が新たな未来を切り開くのだ.

(岡田 明)

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