なぜ放射線はわかりにくいのか(その2)

放射線がわかりにくいのは,さまざまな粒子線や電磁波のなかで電離作用のあるものをまとめて放射線としているからだ.

エックス線とガンマ線は電磁波の一種だが,明確な区分はない.荷電粒子が減速するとき,制動放射によってエネルギーが光子となって放出されることが発生原因の1つだ.陰極線が陽極の金属に衝突して発生する制動エックス線や宇宙線由来の電子線が大気圏で減速するときに発生するガンマ線などだ.発生する光子がガンマ線なのかエックス線なのかは光子のエネルギーによってほぼ区分されるが,明確な境界があるわけではない.

特性エックス線は電子遷移のエネルギーが光子として放射されたものだ.なお,振動エネルギーの遷移が光子として放射されれば,その領域は赤外線に相当する.核エネルギーの遷移によって放出される光子がガンマ線だ.宇宙から飛来するガンマ線には極めて高いエネルギーのものが含まれる.

光子のエネルギーを束縛電子に与え,原子の束縛を解いて自由電子とすれば,原子は陽イオンに変身する.光電効果による電離作用だ.エックス線によって光電効果が起これば,それに伴う蛍光エックス線あるいはオージェ電子の発生が続く.光電効果で光子は消滅するが,コンプトン散乱では光子は消滅せず,そのエネルギーが低下する.電子との衝突によって,散乱された光子の振動数が低下するのだ.衝突でエネルギーと運動量は保存されるが,光子の衝突の場合には剛体球の弾性衝突のように速度の変化は起こらない.

エネルギーが1.02 MeVより高いガンマ線では電子と陽電子の対生成が起こって,光子は消滅する.さらに高いエネルギーを持ったガンマ線は光崩壊を起こす.原子核から陽子やアルファ粒子などの核子を叩きだす核反応だ.このように光子のエネルギーは物質とのさまざまな相互作用によって失われるが,光子のエネルギーの大きさに依存するのであってエックス線とかガンマ線といった人為的な区分には依存しない.

ベータ崩壊では高速の電子線(ベータ線)と反電子ニュートリノがエネルギーを持ち去るから,ベータ線のエネルギーは一定とはならない.放出されるベータ線の最大エネルギーに対して,ベータ線の平均エネルギーはかなり低く最大エネルギーの3分の1程度だ.

ベータ線は原子核から放出された電子線だが,電子線の発生するメカニズムは他にもある.陰極線は真空管のなかで電極間に高い電圧をかけると,陰極から飛び出した電子が陽極に向かって進む電子の流れだ.熱電子は金属を加熱するとその表面から飛び出す電子のことだ.光電子は金属などに光を照射したときにそのエネルギーを受け取った電子が表面から飛び出したものだ.このなかで熱電子や光電子は電離作用を示すほどエネルギーが高くないので放射線と呼ばれることはない.高電圧で発生した陰極線のエネルギーは高いので放射線と見なしてもよいが,その境界は微妙だ.実際,ブラウン管では電子線が蛍光体に衝突して光を発するのだが,同時に制動放射も起こるから微弱なエックス線の発生器と見なすことも可能だ[1]

電子線は質量の小さい粒子線なので物質を構成する軌道電子に作用するのだが,アルファ線や陽子線,中性子線などの質量の大きな粒子線は原子核に作用する.エネルギーが十分に高ければ原子核を破壊し,それより低ければ弾性衝突によって原子核に運動エネルギーを与える[注1].

弾性衝突による粒子線のエネルギーの減衰は質量が同程度の原子核と衝突したときに著しい.質量の大きな原子核に衝突すれば壁に衝突したときのように弾き返されるが,同程度の質量ならば相応のエネルギーを与えて衝突粒子の速度は大幅に低下する.中性子線は水素と衝突したときのエネルギーの減衰が著しいから,原子炉の冷却材には水が使われるのだ.室温と熱平衡に達してエネルギーが0.025 eV程度まで低下した中性子(熱中性子)がウランやプルトニウムの原子核に吸収されると,誘起核分裂が促される.

このように放射線にはさまざまな粒子線や電磁波が含まれているにもかかわらず,それによる確定的な急性障害は吸収線量(単位はグレイ:Gy),確率的な晩発障害は実効線量(単位はシーベルト:Sv)で評価され,放射性物質の放射能は壊変数(単位はベクレル:Bq)で計測されている[注2].

壊変数と吸収線量は計測可能な物理量だが,実効線量はさまざまな係数を吸収線量に乗じて計算される量で,新たな知見が見いだされるとその係数は修正されてきた.そして内部被ばくによる実効線量の算出法は複雑であり,実効線量の計算方法が時代とともに変化したのだから,異なる時代の実効線量の値を比較するにはその算出法の相違を考慮せねばならない.さらに被ばく線量が実効線量と同じ単位を持った等価線量(単位はシーベルト:Sv)で表現される場合があるから,混乱はいっそう大きくなった[注3].厳密さを追求して似て非なる用語を量産することは,専門家には好都合だが一般人にはまったくの不都合だ.

[注1] 宇宙から飛来する宇宙線の大半は陽子で,地球の大気圏に突入すると空気の原子核に衝突して核破砕反応を起こし,パイ中間子,K中間子,陽子,中性子などの二次宇宙線を発生させる[2a, 2b].その中性子は窒素や酸素と核反応して炭素14やトリチウムを生み出す.

[注2] 放射線の単位系は1977年のICRP勧告によって,旧単位系から新単位系(SI単位)に変更された.旧単位系では吸収線量はラド(1 rad =100 erg/g,したがって100 rad = 1 Gy),実効線量はレム(100 rem = 1 Sv),壊変数はキュリー(1Ci = 37 GBq)で表される.そして光子(エックス線やガンマ線)の照射線量の単位であるレントゲン(R)はクーロン線量(C/kg)に変更されて1 R = 2.58×10-4 C/kg ,あるいはガンマ線の空気に対する平均電離エネルギー(34 eV)を考慮して 1 R = 0.88 rad = 8.8 mGyと表わされる.放射線の計測器ではこの関係を利用し,電離作用で発生した電荷や蛍光の計測値を空間線量率などに換算して表示する.放射線がガンマ線やベータ線ならば換算は容易で吸収線量(µGy/h)あるいは等価線量(µSv/h)として表示される.

[注3] 実効線量に関する2021年のICRP勧告(ICRP Publication 147)では,(i) 等価線量の使用を制限し実効線量を低線量(一般的に100 mSv 以下)での健康リスクの指標とする,(ii) 急性障害の起こる組織反応には等価線量ではなく吸収線量を使用する等の勧告がなされた.この変更によって,シーベルト単位の被ばく線量と称されるものが等価線量なのか実効線量であるのかという誤解を招きやすい問題は改善される見通しだ[3].

(その3に続く)

文献
1. 林智,林美代子,テレビジョン受像機の漏洩X線,テレビジョン,21 [6] 397-409 (1967).
2. 例えば,(a) 山﨑耕造,トコトンやさしい宇宙線と素粒子の本,日刊工業 (2018).
 (b) C. グルーペン,宇宙素粒子物理学,丸善出版 (2012).  
3. 甲斐倫明,実効線量に関する最新のICRP勧告: ICRP Publication 147の解説,保健物理,56 [3] 133-144 (2021).

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