なぜ放射線はわかりにくいのか(その3)

放射線がわかりにくいのは,確率的な健康被害を受ける線量の評価基準としている実効線量の算出方法が随時変更され,それによって自然放射線による被ばく線量が時代とともに変化してきたからだ.これはICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に基づいた修正が行われたのだが,放射線による急性障害の評価が短時間で結果の得られる確定的影響であるのに対し,晩発障害はデータを得るのに長い時間が必要な確率的影響だからだ.そのため特に内部被ばくに係わる実効線量の計算方法とその値は時代とともに移りかわってきた.

放射線によるヒトの急性障害は吸収線量に依存する.表1に示すように,IAEA(国際原子力機関)によれば,1グレイ以下では生命に異常はないが,1グレイを超え2グレイ未満では軽症,2グレイから4グレイを中等症で致死率は0から50%,4から6グレイを重症として致死率は20から70%,6から8グレイは非常に重症で致死率50から100%,8グレイ以上を致命的で致死率100%としている[1, 2].被ばくによって半数が死亡する線量(半致死線量)はヒトでは4グレイ程度であるが,クモやクマムシはさらに高い線量の放射線に耐える.そしてバクテリアや菌類のなかには放射線に極めて高い抵抗性を示すものがいる.

表1.吸収線量とヒトの急性障害[1, 2]

 MildModerateSevereVery severeLethal
吸収線量 (Gy)1 – 22 – 44 – 66 – 8> 8
致死率 (%)00 – 5020 – 7050 – 100100

放射線によるヒトの晩発障害の評価指標は時代と共に変化してきた.晩発障害のデータが更新されるたびに,その評価指標も更新されてきたのである.現在の晩発障害の評価は発がん確率による死亡リスクを勘案したものだから,確定的影響ではなく確率的影響だ.自然放射線によるリスクは避けられないが,これに追加される医療被ばく等の許容量はリスクとメリットを勘案して設定される.

表2に示すように,年平均の自然放射線被ばくによる実効線量の公称値は世界平均で2.42ミリシーベルト,日本では2.1ミリシーベルトである[3].世界に比べて,日本の被ばく量の公称値は気中放射性物質による被ばくが低く,食品中放射性物質による被ばくが大きい.そして,2012年の食品中放射性物質による被ばくは1992年の被ばく量を大きく上回っている.

表2.日本と世界の自然放射線による1人当たりの年間被ばくの実効線量 (ミリシーベルト/年) [3]

 日本(1992 年)日本(2012 年)世界平均(2008 年)
宇宙線0.290.300.39
大地放射性物質0.380.330.48
気中放射性物質0.400.481.26
食品中放射性物質0.410.990.29
合計1.482.102.42

日本で気中の放射性物質による被ばく量が世界より低いのは木造家屋に居住しているため,石材やコンクリートなどから漏れ出すラドン(放射性の不活性ガス)の発生と滞留が少ないからだ.食品中放射性物質が1992年から2012年で増加したのは,海産物に含まれるポロニウム210(Po210)による被ばく量の計算方法の変更による[注1].海産物からのPo210 摂取を新たに考慮したのではなく,胃腸管から体内に吸収される割合の高いことが1993年に判明し,計算に用いる実効線量係数が5倍になったためだ[4].これは6人のボランティアにPo210を多く含むロブスターをたらふく食べさせた研究の成果である[5].

1977年にICRPの勧告が出される以前の自然放射線による年間被ばく量は,表3に示すようにさらに低かった[6].大気中のラドン吸入による肺がんリスクを実効線量の算出計算に取り込む以前(1965年)の計算値だからだ.1977年のICRP勧告は,それまでの勧告で最重要視していた「遺伝障害の防止」を放射線防御の主目的から外し,肺がんや大腸がんなどの固形がんのリスクを高く,生殖腺と白血病のリスクを低く修正した.その結果,肺に吸入されたラドンによる肺がんリスクを取り込んだ気中放射性物質による被ばく線量を考慮して,それ以降の自然放射線による年間被ばく量の値は高くなったのだ.なお,表3の娘核種は崩壊によって生成した新たな核種だ[注2].

表3.自然放射線による年間被ばく実効線量   (ミリシーベルト/年)*

 生殖腺骨細胞骨髄
宇宙線0.290.290.29
大地放射線0.370.370.37
内部放射線
 40K0.200.150.15
 226Raとその娘核種0.0050.0540.006
 228Raとその娘核種0.00080.00860.0010
 210Pbとその娘核種0.00030.00360.0004
 14C0.00070.00160.0016
 222Rn0.0030.0030.003
合計0.911.030.88
世界平均1.251.371.22
*1965年の報告[6].当時の吸収線量にはラド(rad: 100 rad = 1 Gy),実効線量にはレム(rem: 100 rem = 1 Sv)が用いられていたが,現在の単位系に換算して示した.

自然放射線による年間被ばく量の推移は,次号(なぜ放射線はわかりにくいのか:その4)に示すように計算方法が変わっただけなのだ.自然放射線による被ばくの実態には何の変化もないにもかかわらず,計算方法の変更によって数字のみが変化している.ただし,実際の年間被ばく線量は自然放射線によるものに医療被ばくが加算されたものだから,医療の高度化によって被ばく量は実際に高まっている.世界平均の医療被ばくは年間0.60ミリシーベルトだが,日本では突出して高い3.87ミリシーベルトなのだ.さらに高山への登山や航空機への搭乗によって宇宙からの放射線被ばく線量が加算される[注3].高いところでは被ばく線量も高いのだ.そして大地からの放射線の線量は地域差が大きい[注4].医療被ばくを危惧して,健康診断を躊躇する人はいても,宇宙線による被ばくを躊躇して飛行機への搭乗や富士登山を躊躇する人は稀だ.なお,被ばくによって発がんの確率は高まるが,年間100ミリシーベルト以下の低線量における影響は他の要因に隠れて明らかになっていない.

[注1] ポロニウム210の経口摂取による実効線量係数は,1994年発行のICRP 68では2.4×10-4 mSv/Bqだが[7],1996年発行のICRP 72では1.2×10-3 mSv/Bqに高まり[8],2012年発行のICRP 119では元の値2.4×10-4 mSv/Bqに戻っている[9].日本人の自然放射線被曝量の公称値が年1.5 mSvから2.1 mSvに高まったのは,ICRP 72の実効線量係数を使用したときだった.その後,ポロニウム210の実効線量係数は改訂されたが,公称値の改訂は遅れている.

[注2] アルファ崩壊では質量数が4つ減少するが,ベータ崩壊では質量数の変化はない.したがって,壊変の繰り返しで生成する核種の系統は4系統になる.質量数が4nのものはトリウム系列と呼ばれるトリウム232の崩壊系列で,安定同位体の鉛208に至るまでの崩壊系列である,質量数が4n+1のものはネプツニウム系列と呼ばれるものだが,ネプツニウム237の半減期が214万年と短いので,半減期の長いビスマス209(半減期は1.9×1019年)と安定同位体のタリウム205を除いて天然にはほとんど存在しない,質量数が4n+2のものはウラン系列と呼ばれるウラン238の崩壊系列で,安定同位体の鉛206に至るまでの崩壊系列である.質量数が4n+3のものはアクチニウム系列と呼ばれるウラン235の崩壊系列で,安定同位体の鉛207に至るまでの崩壊系列だ.226Raと210Pbはウラン系列,228Raはトリウム系列に属する.

[注3] 宇宙から飛来する放射線は陽子を主成分とする宇宙線だが,大気圏に突入すれば窒素や酸素と衝突してパイ中間子などさまざまな素粒子を発生させる.パイ中間子は崩壊し,ミュー粒子(同時に反ミューニュートリノも生成する)やガンマ線となって地上に降り注ぐ.ガンマ線は対生成によって電子と陽電子に変わり,その電子と陽電子はガンマ線を放出してエネルギーを下げる.地上で観測される宇宙線由来の放射線の大部分はミュー粒子によるものだ.宇宙線による放射線量は高度が高くなると増加し,上空では中性子成分が多い.環境省の資料によれば,東京都の空間線量率(ガンマ線線量率)が毎時0.028から0.079マイクロシーベルトに対し,富士山頂では0.10,航空機では7.40,国際宇宙ステーションでは毎時20.8から41.6マイクロシーベルトだ.高度の上昇とともに宇宙線量は増加し,その成分も電子や中性子の比率が高まるような変化が起こる.なお,地球の磁場は荷電宇宙線をある程度遮蔽するので.宇宙線による年間被ばく量は緯度によって異なる.中緯度地域では年間0.3 mSv程度だが,北極点では少し高く(0.4 mSv),赤道では低い(0.2 mSv).緯度の高いところでは被ばく線量も高いのだ.

[注4] 宇宙からの放射線の量は主に高度に依存するが,大地からの放射線の量は場所によって大きく異なる.花崗岩地域ではそこに含まれるウラン,トリウム,カリウムの量が多いため,そこから放射される線量も高い.インド南部のケララ州,ブラジルのガラパリ,中国広東省の陽江にはトリウムを含むモナズ石が堆積し,イランのラムサールにはラジウム温泉が湧くために大地からの放射線量が高い.

(その4に続く)

文献
1. 舘野之男,放射線と健康,岩波書店 (2001).            
2. Diagnosis and Treatment of Radiation Injuries, Safety Reports Series No. 2, IAEA (1998).
3. 石田健二,丸末安美,わかりやすい放射線の解説,日本原子力学会誌,56 [6] 392-396 (2014).
4. 今中哲二,日本人の自然放射線被曝の『公称値』が増えた所以,原子力資料情報室通信 No568 (2021). 
5. G. J. Hunt and D. J. Allington, Absorption of environmental polonium-210 by the human gut, Journal of Radiological Protection, 13 [2] 119-12 (1993).
6. 田島英三, 自然放射能による人体線量,Radioisotopes,14 [4] 335-342 (1965).
7. ICRP Publication 68: Dose Coefficients for Intakes of Radionuclides by Workers (1994).
8. ICRP Publication 72: Age-dependent Doses to the Members of the Public from Intake of Radionuclides - Part 5 Compilation of Ingestion and Inhalation Coefficients (1996).
9. ICRP Publication 119: Compendium of Dose Coefficients based on ICRP Publication 60 (2012).

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