神話と旅:鹿児島にある山陵の旅 その1 龍宮神社

 2026年にあっという間に突入です。本年もよろしくお願い致します。新年ですので,あたらしいシリーズで「神話と旅」を始めたいと思います。日々の生活では,神社に参拝しても,なかなか神話の世界が理解しにくく,神様の名前も身近にありませんでした。そこで3年前,2023年の年末に,鹿児島に飛び,鹿児島から,宮崎,大分,福岡と神武東征の足跡を辿る旅を企画しました。そして,昨年2025年の年末に,再度,鹿児島に飛び,鹿児島県に現存するニニギノミコトから神武天皇に至る墓陵 (山稜)を訪ねる旅に行ってきました。すべてが思っていた以上の規模で,山陵は宮内庁管轄,山陵に至る道はきれいに掃き清められて,落ち葉や散らかったものもなく,驚きの旅となりました。鹿児島の人は知っていても,遠く関東に住んでいる私にとってとても新鮮でした。撮った写真をメインに,載せていきたいと思います。

 まずは,ニニギノミコトから神武天皇までの系図です。

長崎鼻と龍宮神社

 鹿児島空港から,九州新幹線の終点の鹿児島中央駅まで,空港リムジンバスにのり,駅近くにとったホテルに宿泊した後,その脇にあるレンタカー屋さんで,レンタカーを借り出発です。レンタカーのナンバーは「2525」でニコニコでした。
ここで,まず向かったのが指宿市にある長崎鼻ながさきばなです。

長崎鼻の展望台から見た景色です。左が大隅半島,右端が開聞岳です。長崎鼻の先に,奄美諸島,琉球諸島があります。

 この長崎鼻にあるのが,龍宮神社 りゅうぐうじんじゃ です。

ニニギノミコトから神武天皇までの系図

 鹿児島長崎鼻の龍宮神社の鳥居の脇にあるのが,竜宮伝説相関図です。これはニニギノミコトから神武天皇までの系図 (family tree) が漫画的な表現でわかりやすく作成されていました。

 ここでのびっくりは,浦島太郎が向かった「竜宮城 (りゅうぐうじょう)」の「りゅうぐう」は,りゅうきゅう(琉球)と,漢字に引っ張はられるのでなく,ひらがなや,カタカナで表記で音にすると分かりやすくなることを知りました。だから,九州,鹿児島の薩摩半島の最南端の長崎鼻に、龍宮神社があるんだと納得です。

 そして,浦島太郎が,海幸山幸 うみさちやまさち の物語の山幸彦で,系図にあるのうに,神武天皇のおじいさんであることが分かります。

 なお,ここの龍宮神社の祭神は,浦島太郎 (山幸彦) の妃のトヨタマヒメ (豊玉姫)で,浦島太郎の物語にでてくる 乙姫 おとひめ さまです。

ニニギノミコトから神武天皇までの簡単な解説


山幸彦のお父さんが,ニニギノミコトです。少しこの系図を使って,私の理解するところを書いてみます。ネットでググる(googling)とすぐにいろんな情報に辿り着けるので,調べたい方は,トライしてみてくださいね。

 まずは,ニニギノミコトですが,アマテラスオオミノカミの孫にあたります。東北大学の田中英道先生の話が好きなので,そのはなしが元ネタです。鹿島神社の東にある住宅地の町名が高天原で,アマテラスオオミノカミ命で,その高天原(日高見国 ひだかみこく) から船に乗って鹿島から鹿児島まできました。鹿児島の地名は、鹿島の子供(児)からきたとのお話です。天孫降臨 てんそんこうりん での,ニニギノミコトは,アマテラスオオミノカミの孫であることから,天孫ですね。天 あま は,海女あま とおなじ音で,海も「あま」で,海からきたことを表していると話です。

 ニニギノミコトの妃は,コノハナカグヤヒメで,薩摩半島の西側にある笠沙かささの地で出会ったことになります。コノハサクヤヒメの名前は,「木の花が咲くように美しい」という意味だそうで桜の花そのものを表す女神です。燃えるさかる産屋の火の中で,三人の子を出産し,そのことから,今では,富士山の浅間神社のご祭神となっていて,毎年夏に登る富士山富士宮口山頂の富士浅間神社奥宮で登拝し,手を合わせている方です。

 そして,コノハナサクヤヒメの子供の三人の長男が海幸彦,三男が山幸彦になります。

次は,ニニギノミコトが,コノハナカグヤヒメとであった笠沙かささの経由で,鹿児島の川内 せんだい 市にあるニニギノミコトの墓陵に向かいます。

ではでは。

高橋達人 tatsudoc@nifty.com