講演会レポート「自分らしいキャリアのつくりかた - 世界で働いて見てきたこと」(元エネルギー憲章条約事務局 次長 中田眞佐美氏)2025/11/12 開催

東京科学大学 物質理工学院(材料系 無機材料分野)主催の上記講演会 に出席し、講演を聴講しましたので、その概要を以下に報告します。(大岡山地区の学生・院生に加え、同地区の先生方や当会からの参加者3名を含めて、40名ほどの参加がありました。)

講師の中田眞佐美氏(1986 東京工業大学・無機材料工学科卒・1989 修・1992 博:修士・博士は電子化学)は 中島章教授の学部時代の同級生で、在学中に留年と休学をして、バックパッカーとしてアジア・アフリカを巡り、学窓を離れてからは、米国の大学や研究機関で、さらに日本企業でも研究員として勤務し、その後は、国連機関(UNESCO)の職員としてインドネシアやエチオピアに駐在されました。さらに日本国内の大学で教授職を経験した後に、国際機関の一つであるエネルギー憲章条約事務局の次長としての職を得てベルギーで2年半勤務されました。その後、また日本国内の大学で教授職を勤められた後、マダガスカル大使館の経済協力コーディネーターとして活躍され、現在はポルトガルで企業のコンサルタントを務められている、多才で行動力に富んだ方です。(今回の講演は、ポルトガル在住の中田さんが一時帰国された時期に合わせて企画し、快くお引き受け頂いて実現したとのこと。ご自分の経歴ついて話をするのは、これが初めてだそうです。)           

中田さんの学生時代のエピソードを交えて講師紹介をする中島章教授と、それを聞いて微笑む中田さん。学生時代の中田さんは 250㏄のバイクを学内で乗り回しており(中島先生談)、そのバイクで東北旅行などもされていた(中田さん談)そうです。(他にもいろいろ楽しい話がありましたが、書き切れないので省略させて頂きます。)


エネルギー分野に軸を据え、技術と政策の両面にわたる深い関心と知識を背景にした多方面でのご活躍のお話は、各国の政治的思惑や参加メンバーの名誉欲など、さまざまな要素も入り混じり、終始興味が尽きませんでした。質疑応答も活発で、予定していた2時間はあっという間に過ぎてしまいました。


経験してきたそれぞれの職場で、問題が発生した場合にどのように対処し、乗り切ってきたかについても、具体的な例でお示し頂きましたが、講演の中で個人的に印象に残った言葉がいくつかありますので、ここではそれを「中田語録」としてご紹介させて頂きます。

・やろうと思えば、何でもできる。
・好きなことを仕事にすれば、いつも楽しい。
・嫌なら逃げよ。場所を替えれば、気持ちも変わる。
・一生 爪を隠したままの「能ある鷹」ではダメ。
積極的に発言しよう。そのためには「話せる」力が極めて重要。

 (英語をはじめとする国際語の習得は、世界で活躍するには不可欠)
              


数多くの質問の中に「一番楽しかった仕事は何ですか?」というものがありました。
中田さんの回答は「マダガスカル大使館の経済協力コーディネーター」で、理由は「楽だったから」というものでした。「楽だった」のは、それまでに修得した知識や経験が十分にあってのことと思いますが、この言葉に中田さんのポジティブな姿勢と行動力の全てが集約されているように感じました。

また、「一番楽しかったことは何ですか?」という質問への回答は、米国での「UCバークレー時代の生活」でした。この時期は、新しい分野への挑戦ということで UCバークレー校の修士課程に籍をおき、まだ小さい息子さんを背負いながら授業を受けていたそうですが、「やりたいことができて、息子と一緒にいる時間もとれて、とても楽しかった」とのことです。


講演の最後に、参加した学生・院生の皆さんに対し 中島先生から「迷ったときは(停まって悩むのではなく)一歩を踏み出す心意気」を持って欲しいとのコメントがありました。今回の講演は「一歩を踏み出す」ための大きな糧となる内容だったと思います。

(無機材会 総務担当 久保寺正二)


     

            

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