電気鉄道の開業と川崎大師

1872年に開業した品川と横浜を結ぶ鉄道は蒸気機関車によるものだが，電気鉄道の始まりは京都の路面電車だった[注１]．1895年開業の京都電気鉄道は伏見町から京都駅前の営業運転を始め，その電力は蹴上の水力発電所から供給された．第２番目の電気鉄道は1898年に開通した名古屋駅前 (笹島町停留場) から，久屋町 (県庁前停留場) までの名古屋電気鉄道による営業運転だ．そして，第３番目の電気鉄道が1899年開業の六郷橋から川崎大師に向かう大師電気鉄道である[1a, 1b, 1c]．なお，電気鉄道に先立つ馬車鉄道の始まりは1882年開業の新橋と日本橋を結ぶ東京馬車鉄道だ．そして神奈川県内では，1888年に開業した国府津から小田原を結ぶ小田原馬車鉄道と1895年に開業した小田原と熱海を結ぶ豆相人車鉄道に続く第３番目の私鉄でもあった．馬車鉄道では馬が客車を引き，人車鉄道では車夫が客車を押した．

京浜急行電鉄 (京急) は泉岳寺駅と浦賀駅を結ぶ京急本線に加え，現在は４つの支線 (京急蒲田駅と羽田空港を結ぶ空港線，堀ノ内駅と三崎口駅を結ぶ久里浜線，金沢八景駅と逗子・葉山駅を結ぶ逗子線，京急川崎駅と小島新田駅を結ぶ大師線) を有する電気鉄道だが，その路線の始まりは大師電気鉄道が1899年に六郷橋 (開業時は川崎駅，1902年に六郷橋駅に名称変更) と川崎大師 (開業時は大師駅，1925年に川崎大師駅に名称変更) との間の桜並木に路面電車の運行を始めたことである[注２]．それを示す京浜急行「発祥之地」の碑は，1968年に大師線・川崎大師駅の南口に設置された．そして，鉄道への電力は六郷川畔久根崎に火力発電所 (川崎発電所) を建設して供給した．

1898年に設立された大師電気鉄道は1899年に京浜電気鉄道と改称され，1942年の事業統制による大合併によって東京急行電鉄になった．東京横浜電鉄，小田急電鉄との合併である．そして1944年には京王電気軌道も合併に加わったのだが，戦後の1948年になると合併は解体され，東京急行電鉄 (東急)，小田急電鉄，京王帝都電鉄 (京王電鉄) とともに京浜急行電鉄が発足して現在に至っている．

京急の路線は順次拡大した．1901年には初代川崎駅から八幡駅 (現在の大森海岸駅) をつなぐ路線が敷設され，さらに八幡駅と大森停車場前駅をつなぐ大森支線も敷設された (大森支線は1937年に廃止)．1902年には蒲田駅 (現在の京急蒲田駅) と穴守駅間が開業した．そして２代目川崎駅が誕生すると，初代川崎駅は六郷橋駅に改称された．２代目川崎駅 (1925年に京浜川崎駅，1987年に京急川崎駅に改称) から六郷橋駅と蒲田駅を経て八幡駅までが開通したのだ．

八幡駅から先の工事も進められ，1904年には八幡駅から品川駅 (現在の北品川駅) まで路線は延伸された．川崎駅から神奈川停車場前駅 (現在の神奈川駅) までの路線は1905年，その先の横浜駅までの路線は1930年に敷設された．1931年には横浜から日ノ出町まで延伸し，湘南電気鉄道との相互乗り入れが実現した．

1925年設立の湘南電気鉄道は1930年に黄金町と浦賀間および金沢八景と湘南逗子 (現在の逗子・葉山駅) 間で営業運転を開始した．1931年に黄金町と日ノ出町間を開業すると，京浜電気鉄道との相互乗り入れが実現したのだ．その後，湘南電気鉄道は1941年に京浜電気鉄道と湘南半島自動車との３社合併によって解散し，京浜電気鉄道に吸収された．なお，湘南半島自動車は半島自動車，臨海自動車，鎌倉乗合自動車の３社を前身とする1938年に設立された路線バス事業者だ．

久里浜線については，久里浜駅 (現在の京急久里浜駅) までの路線が1942年に敷設され，1963年には野比駅 (現在のYRP野比駅) まで，1966年には三浦海岸駅まで延伸され，1975年になって堀ノ内から三崎口駅までが開通した．

川崎大師駅に降りる乗客の目的の多くは川崎大師の観光だ．1128年に建立された川崎大師・平間寺の開基 (資金提供者) は漁師の平間兼乗，開山 (初代住職) は高野山の尊賢上人，そして御本尊は平間兼乗が海中から引き揚げたとされる木像・厄除弘法大師 (空海) である[2]．現在の大本堂は1964年，大山門は1977年，八角五重塔は1984年に再建された鉄骨鉄筋コンクリート造の建造物だ．平間寺の多くの伽藍が色彩豊かなのは，空襲で焼失したために戦後に再建されたからなのだ．そして，きらびやかな伽藍に挟まれた中でひっそりと佇む福徳稲荷堂だけが，1945年の空襲での焼失を免れて渋い色彩を保っている．

川崎大師駅に向かう大師線が最も混雑するのは川崎大師への初詣の時期だが，若宮八幡宮の境内にある金山神社が４月の第１日曜日に開催する「かなまら祭り」のときにも混雑が激しい．江戸時代の「地べた祭」を再現しようとして1977年に復興した祭で，1989年にニューハーフが担ぐピンク色の神輿が加わって４基となった神輿の巡行が見どころの奇祭である．

[注１] 電気鉄道の動力は電気モータだ．電気モータを備えた電気機関車は，客車や貨車を牽引する．連結車両の台車に電気モータを取り付け，先頭車両の運転席で後続車両の電気モータの制御を行う方式が電車である．現在では電気機関車はおもに貨物輸送に用いられ，乗客の輸送は電車が主流だ．電気モータの駆動には架空線からの電力供給が必要だが，初期の集電装置はトロリーポールだった．集電装置がトロリーポールからパンタグラフに変わり始めたのは1920年代からである．トロリーポールは鉄道から消え去ったのだが，道路上には残った．トロリーバスが1930年頃から登場したからだ．そしてトロリーバスが普及したのは戦後の1950年頃からだが，1970年頃にはほぼ姿を消してディーゼル機関を動力とする路線バスに置き換わった (都営トロリーバスは1952年から1968年まで営業した)．他方，道路に線路を敷設する路面電車から専用の線路を採用する鉄道方式への転換も進んだ．路面電車は1960年頃までは都市内交通として活躍したが，交通量が多くなると専用の線路を用いた地下鉄や郊外電車に多くは置き換わったのだ (荒川線を除く都電は1970年頃に廃止となった)．

[注２] 1899年に開業した大師電気鉄道の川崎駅 (初代川崎駅) は現在の京急川崎駅ではない．初代川崎駅は現在の京急川崎駅と港町駅間の路線と交差する国道15号線 (第一京浜国道) の六郷橋のたもとにあったのだ．1902年になると初代川崎駅は六郷橋駅に改称され，新たに現在の京急川崎駅の場所に２代目川崎駅が誕生した．六郷橋駅は木造の国道六郷橋の鋼鉄アーチ橋への架け替え (京浜電鉄六郷橋は1911年に木橋から鉄橋に架け替え済み) に伴い，1926年に移転して２代目六郷橋駅の誕生となったのだが，1949年に廃止 (休止は1945年から) された．1926年に移転した２代目六郷橋駅の遺構は六郷橋のたもとの京急線の線路脇に残っているが，大師電気鉄道が1899年に開業した初代川崎駅 (初代六郷橋駅) の遺構は残っていない．なお，東海道線の川崎駅は1872年に既に誕生していたから，その当時は川崎駅から人力車を利用して川崎大師に向かっていた．そして大師電気鉄道が開業した1899年からは，人力車の利用は東海道線の川崎駅から六郷橋駅 (初代川崎駅) までとなり，そこからは大師線を利用するように変化した．人力車の利用が大幅に削減されたのは，1902年に東海道線の川崎駅での京浜電気鉄道への乗り換えが可能となってからだ．

文献
1．例えば，(a) 宮田憲誠，京急電鉄 明治・大正・昭和の歴史と沿線，ＪＴＢパブリッシング (2015).
　(b) 京急の沿革・歴史：https://www.keikyu.co.jp/company/history.html
　(c) 京急歴史館：https://www.keikyu.co.jp/history/index.html
2．川崎大師：https://www.kawasakidaishi.com/about/