戦争と殺人のイノベーション

グロスマン(Dave Grossman)は米国陸軍に23年間奉職した経験を生かして,戦争と殺人に係わる研究を行っている.

ゲティスバーグの戦いでは27,575挺のマスケット銃が戦場に残され,その90%近く(約24,000挺)は装填されたままであり,12,000挺には複数の弾丸が込められていた.そのなかの6000挺には3から10発の弾丸が残っており,23発も装填されたままのものもあった.発砲せずに弾丸を装填する作業を行った結果である.ほとんどの兵士は敵を殺そうとしていないのだ.

第2次世界大戦中のアメリカでは,精神的な理由で軍務不適格に分類されたものは80万人だった.任務についた者の中からでも,50.4万人が精神的虚脱で脱落した.そして,戦闘が6日間ぶっ通しで続いたときには,全生残兵の98%が精神的被害を受けたとされている(2%は精神的被害を受けなかった).

兵士の2%には攻撃的精神病者の素因があって殺人に抵抗感がない.強制や正当な理由があれば,男性の2%は後悔や自責を感じず人を殺せるのだ.男性の約3%存在するサイコパスは,本質的に権威に反抗する傾向が強く軍隊に向いていないとされるが,その3分の2が軍の規律を受け入れて2%の有能な戦士となったのだ.第2次世界大戦の全死傷者の40%もアメリカ陸軍航空隊の戦闘機パイロットのうちの僅か1%によるものとされる.有能な戦士は貴重なのだ.

第2次世界大戦では権威者の指揮下にあれば兵士の全員が発砲するが,指揮官がその場を離れれば発砲率は15~20%にまで下がる.80から85%の兵士は敵を殺そうとしていないのだ.この発砲率は朝鮮戦争では55%,ベトナム戦争では90~95%に向上した.従来の射撃訓練ではなく,前方に人型の的が飛び出し,それを撃つ射殺訓練によって発砲率は改善されたのだ.しかし,ベトナム帰還兵の18~54%がPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した.訓練のイノベーションは有能な戦士とともに精神的被害も生み出したのだ.

スキナー型のオペランド条件づけ訓練によって戦場での発砲率が高まったのだが,ゲームセンターでも人型の的が飛び出し,それを撃つ訓練が行われている.そのゲームもリアリティが増してくるから,兵士の戦場での発砲率向上と似た効果が表れる.これが戦後のアメリカにおける加重暴行と受刑者の増加につながったとグロスマンは考えている.離婚が増えてシングルマザーによる子育ても父親不在で行われる.すると,子どもは父親の役割モデルをテレビや映画の暴力的ヒーローに求めるようになり,これも暴力的社会を助長していると指摘している.医療技術の進歩によって暴行による死者は減少しても,アメリカ国内における暴力行為は増加基調にある.

ピンカー(Steven Pinker)は戦死者の統計資料を解析して,現在は暴力が減少して最も平和な時代となったと指摘しているが,その流れを逆行させることは軍事訓練だけではなく,ゲームセンターや映画館でも行われているようだ.冷戦が始まってから戦闘を伴う戦争の頻度は低くなったが,国内の治安が悪化すれば銃を携帯せずに自分の身を守ることは困難になる.

戦争が戦場での軍事衝突から経済戦争そして心理戦へと拡大局面にある時代では,戦争における暴力の寄与は相対的に低下するが,敵国での暴力行為を活性化させて国力を削ぐ心理作戦は,軍備増強を怠り治安維持の強化とそれに対抗する人権を巡る混乱を引き起こすことができれば大成功である.さらに,暴動からの革命や軍事クーデターの勃発による国内混乱を引き起こすことができれば大勝利は疑いなしだ.フェイクニュースや歴史の捏造などの宣伝活動やサイバー攻撃やテロ活動に加えて,ゲームや映画も平和時における戦略兵器として利用可能なのだ.

イノベーションは経済発展を通じて個人の幸福追求に寄与するだけでなく,軍事技術などの進歩によって競争力の高い社会集団の構築にも貢献してきた.しかし,軍事訓練のイノベーションは戦功で勲章を授かって英雄となる幸福な人々を生み出した一方で,PTSDを発症して障害に悩む生涯を送らねばならぬ人々も生み出した.個人の不幸はイノベーションの暗黒面との見方もできるが,イノベーションが遅れて技術水準が低いレベルに留まっていたタスマニア島のアボリジニやアメリカインディアンなどの民族が被った歴史を振り返れば,人生には個人の幸福追求より重要なものが存在するとも考えられよう.

(岡田 明)

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