22世紀の社会を放談する
働きアリの多くは働いていない.大部分は巣の中で何もせずに暮らしている.働き者の働きアリと働かない働きアリには反応閾値に差異があると考えられている.反応閾値の低いアリは働き者だが,閾値が高いアリはなかなか腰を上げて仕事に取り掛からない.しかし,この働かないアリの存在がアリのコロニーの存続には重要だとも指摘されている.働き者のアリが疲れて働けなくなったときに,働かないアリがようやく重い腰を上げて働き始めるからだ.逆に,すべての働きアリが働き者ならば,一斉に疲れたときがやってきて,そのときに活動できる個体がいなくなってコロニーは壊滅の危機を迎える.
人間社会では反応閾値が低いことは賞賛されない.怠け者の評価は低く,働き者の評価が高い.しかし,技術が進歩して自動化が進めば労働者の需要は低くなる.産業革命の進行によって機械化が進んだときには肉体労働者への需要は減少したが,機械を操作するオペレータの需要が増加し,オペレータが機械を操作して大量生産が可能となってモノが溢れる社会が出現した.しかし,自動化が進めばオペレータも不要となり,ほぼ無人の工場での生産も実際に可能となった.その結果,オペレータは対人サービスに転職を余儀なくされたが,人工知能とロボットが進歩すれば対人サービスの需要も減少に転ずる.
ユヴァル・ノア・ハラリは近い将来,バイオテクノロジーによって極めて有能となった一部の新人類を除くと,大部分の並人類は生産活動に貢献しない無用者階級に没落すると指摘している.コンピュータのアルゴリズムが人間の認知機能を凌駕してしまったとき,人間の能力が発揮できる分野が極めて限定されてしまうからだ.これは働きアリの社会に近づくことだが,無用者階級に属する人々は極めて有能な人材が疲れたときにその仕事を代替するだけの能力はなく完全に無用である.
未来予測はめったにあたらないが,想像することは可能である.働かないアリにリスクヘッジの意味があったとすれば,非生産的な無用者階級にも何らかの存在意義があるのかもしれない.生産的な有用者階級の役割は人工知能とロボットの発達によって次第に縮小する方向にあるが,非生産的な無用者階級の役割を代替するものが出現するとは考えにくいからだ.
奴隷制に支えられた古代ギリシャや古代ローマの社会では数学や自然哲学を含む古代哲学や神学が発展した.生産活動にはほとんど寄与しなかった平安貴族は詩歌や物語などの国風文化の開花に寄与した.18世紀のフランスではサロンでの無駄話から啓蒙思想が育まれた.生産活動には貢献しなくても,生み出した文化はあったのである.
生産活動は生活を維持するために必要な活動だが,非生産的な活動が完全に無用とは言い切れない.技術進歩によって生活環境に急速な変化が起こった19世紀と20世紀は多忙な時代だったが,22世紀には再び暇な時代が訪れるかもしれない.無用者階級が主役となる時代の到来が近づいているのかもしれないのだ.
(岡田 明)