量子論を理解できるのは誰だろう

シュレーディンガーの波動方程式に限ったことではないが,量子論[1a, 1b, 1c, 1d, 1e, 1f, 1g]が分かりにくいというのは誤りで,ファインマン(Richard Feynman)が「誰も量子力学を理解していないといって間違いはないだろうと私は思う」と述べたように,量子論は誰も分からないというのが正しい理解だろう[2a, 2b].

量子論は黒体輻射の解析でプランク定数が導入されたことに始まるのだが,それは光電効果やリュードベリ定数の説明に重要な役割を演じ,ド・ブロイ波の概念はシュレーディンガーの波動方程式として結実した.量子力学の有用性は明白だが,その意味は明確ではなく,解釈問題を巡る議論が続いてきた.

黒体輻射とプランク定数
1896年に発表されたヴィーンの放射法則も1900年に発表されたレイリー・ジーンズの法則も,黒体輻射を表わす近似式として有用な波長領域は限られていた[注1].1900年に発表されたプランクの法則はヴィーンの放射法則の分母に「-1」を付け加えたものに過ぎないが,驚くべきことに全波長領域で実験データと符合した.しかし,その法則を導くには光のエネルギー値を不連続とするエネルギー量子仮説が必要であり,プランク定数(作用量子) hが導入されたのだ[3a, 3b].

スペクトル線の解析
1802年にウォラストン(William Hyde Wollaston)は太陽光のスペクトルのなかに暗線(フラウンホーファー線)を見出し,フラウンホーファー(Joseph von Fraunhofer)は1814年に574本の暗線の波長を計測した.1860年にこの暗線が元素による吸収スペクトルであることをキルヒホフ(Gustav Kirchhoff)とブンゼン(Robert Bunsen)が解明し,1896年にはゼーマン(Pieter Zeeman)が強い磁場をかけたときのスペクトル線の分裂を発見した.ゼーマン効果である.原子から放出される電磁波のスペクトル(紫外・可視光・近赤外線領域)は電子準位の遷移によるものなのだ.そして,分子を形成すれば赤外領域にその振動スペクトルが現れる.

水素原子の線スペクトルに見いだされた輝線の波長の規則性は1885年発見の可視光領域のバルマー系列が始まりで,この関係は1890年にリュードベリの式によって一般化された.そして1908年には近赤外線領域のパッシェン系列,1914年には紫外線領域のライマン系列の発見が続いた.リュードベリ定数は観測結果の規則性を定式化したものだ.

光量子からド・ブロイ波へ
1905年にアインシュタイン(Albert Einstein)は光電効果の説明に光量子仮説を導入した.光のエネルギーが量子化されることが自然現象の本質だと考えたのだ.そして1913年にボーア(Niels Bohr)は電子が原子核の周囲を回るときに特定の条件を満たした円軌道を描くという大胆な量子条件を導入することでリュードベリ定数を導出した[注2].プランク定数は粒子性と波動性を結ぶ架け橋として重要な役割を演じるようになったのだ.1924年のド・ブロイ波の概念はエネルギーと運動量をそれぞれ振動数と波数に関係づける大胆な着想だったが,これを古典的エネルギー保存則と組み合わせてシュレーディンガーの波動方程式が生まれた.なお,ボーアの量子条件では電子の角運動量が量子化されたが,これは電子のド・ブロイ波長がその運動量に相当することと同値である.

電子配置と4つの量子数
シュレーディンガーの波動方程式によって電子配置の計算が可能となった.水素原子の電子軌道は主量子数 n,方位量子数 ℓ,磁気量子数 m の3つの量子数によって記述される.電子殻のK殻(n = 1),L殻(n = 2),M殻(n = 3)とそれを構成するs 軌道(ℓ = 0),p 軌道(ℓ = 1),d 軌道(ℓ = 2),f 軌道(ℓ = 3)などで,それぞれの軌道の数は磁気量子数によって定まる m = 2ℓ + 1個となる[注3].

さらに,シュレーディンガーの波動方程式から導かれるものではないが,電子自体の磁気モーメントに起因する第4の量子数であるスピン量子数s には2つの状態しかないことが実験から明らかなので,磁気量子数と同様に取り扱って,2s + 1 = 2 個の関係式をもとに s = 1/2が導かれた.スピンが半整数値となることによって,ms = ±1/2となる2つの電子スピンの状態,すなわち磁気モーメントが磁場と同じ向きのアップスピン↑と反対方向のダウンスピン↓の2つの量子状態が許されるのだ.そのためエネルギー差のある電子スピンの2つの状態の間で遷移が起こるときには,スピンは1だけ変化するのだが,電子遷移には光子の放出・吸収が伴い,その光子のスピンは1なので,電子遷移が起きたときのスピンの総量は保存される.

単数の電子を有する水素原子では電子のエネルギーは主量子数 n によって決定されるが,複数の電子を有する原子では電子間の反発のため,方位量子数 ℓにも依存する.さらに磁場中では波動関数の幾何学的形状と磁場方向との関係によって,磁気量子数 m にも依存する.そして分子や結晶を形成すれば,原子軌道は分子軌道へと変化する.内殻の電子については原子軌道との相違は小さいが,化学結合に関与する外殻電子については相違が大きい.例えば,炭素では外殻のs 軌道とp 軌道が混じり合ってsp3やsp2と呼ばれる混成軌道を形成し,隣接する原子との間に化学結合(シグマ結合やパイ結合など)が形成されれば,結合に関与した電子の軌道は複数の原子核と相互作用をする分子軌道によって記述されるようになる.混成軌道や分子軌道は,隣接する原子との幾何学的関係を通じて,分子や結晶の構造にも影響を及ぼす.また,遷移金属のd 軌道についても隣接する原子との幾何学的関係と化学結合(配位子場あるいは結晶場)によってエネルギー準位の分裂が起こることも知られている.5重に縮退したd 軌道は八面体配位や四面体配位によって異なる様式に分裂するのだ.

量子力学とその解釈
シュレーディンガーの波動方程式において,波動関数の絶対値の2乗が存在確率を与えると1926年にマックス・ボルン(Max Born)が指摘したが,現実に観測されるものは確率ではなく確定された事象だ.確率が確定されるのは波動関数の収縮であり,複数の状態の重ね合わせが1つの状態に収束するのだ.このような観測問題の解釈には観測によって収縮が起こったとするコペンハーゲン解釈がいままでの主流だが,異なる世界に分岐していくと考えるエヴェレット(Hugh Everett)による多世界解釈などの解釈もあり,確定的な結論に達していないと見なすのが妥当のようだ[4].

排他原理(Pauli Exclusion Principle),不確定性原理(Uncertainty Principle),量子もつれ(Quantum Entanglement)などが成立する理由の説明は困難だ.原理なのだから,説明不要な前提なのだと解釈すれば疑問は氷塊するかもしれないが,原理とされるものをそのまま受容して納得する物わかりのよい者ばかりではない.実際,量子力学を築き上げた人々も疑問に思っていたのだから,従来の常識とは相容れないパウリの排他原理,離散的エネルギー,粒子と波動の相補性,実在の非局在性などの奇妙な前提を原理として受け入れるのはよほど物わかりのよい者だけだろう. 

パウリの排他原理
複数の粒子がひとつの量子状態を占めることのできない(パウリの排他原理にしたがう)というフェルミ粒子の存在をパウリ(Wolfgang Ernst Pauli)は発見した.シュレーディンガー方程式ではひとつの量子状態と見なされた電子準位はスピンの異なる2つの電子によって占められ,3つのクォークから構成されるバリオン(陽子や中性子)には色荷(カラー)の異なる同じクォークが共存できるとの説明がそれに続いた.実際,陽子内にはアップクォークが2個,中性子内にはダウンクォークが2個共存しているが,これはカラーが異なるから共存できるとの説明だ.ひとつの量子状態を占める複数の粒子が全く同じ性質を持っていることは許されないので,新たな性質を付け加えて辻褄を合わせたとでも言っているような説明は,パウリの排他原理をエネルギー保存則のような基本原理として信奉することと表裏一体だ.パウリの排他原理を受け入れることによって電子の性質は理解可能となったが,パウリの排他原理が成立する理由は自明ではない.

離散的エネルギーとプランク定数
プランク(Max Planck)は,光のエネルギーを離散的とするエネルギー量子仮説(プランク定数)を計算上の技巧として取り込んだが,アインシュタインは光量子仮説を基本原理と捉えた.現在ではプランク定数hは光速度c,電気素量e,ボルツマン定数k や万有引力定数Gと並ぶ基本的な物理定数と見なされている.光量子仮説によって黒体輻射や光電効果を説明することが可能となったが,光量子仮説が成立する理由は自明ではない.

粒子と波動の相補性
光が粒子か波動であるかについては,ニュートン(Isaac Newton)とホイヘンス(Christiaan Huygens)の間で議論があり,マクスウェル方程式によって波動説に決着したと考えられたが,その後,プランクの黒体輻射やアインシュタインの光電効果の理論によって光の粒子性も見直され,ガンマ線のコンプトン散乱では光子は粒子として振る舞った[5].電子についても負電荷と質量を持った粒子であることをJ・J・トムソン(Joseph John Thomson)が発見したが,電子の二重スリット実験では電子の波動性を裏付ける干渉縞模様が現れ(電子が粒子ならば,それぞれのスリットを通り抜けた2本の線が観測される),電子の波動性はJ・J・トムソンの息子であるG・P・トムソン(George Paget Thomson)らによって観測された電子線回折でも明らかだ.光と電子の双方に粒子性と波動性が観測されたことから,粒子と波動の相補性が万物の基本的性質と認識され,ボーアの原子模型から量子力学が発展すると,プランク定数を最小単位とする量子が実在する実体と考えられるようになった[注4].

波動性の観点から粒子を波束と見なせば,位置を粒子のように確定することは不可能で,粒子の位置を確定すれば波長(波数)が不確定となって運動量が定まらない.これが不確定性原理だが,角運動量の次元と同じプランク定数の次元は,エネルギーと時間の積であり,運動量と位置の積でもある.エネルギーを振動数で除したもの(エネルギーに時間を乗じたもの),運動量を波数で除したもの(運動量に長さを乗じたもの)がプランク定数という最小単位なのだから,微小なエネルギーと時間あるいは運動量と位置の双方が精密に測定されて,その積がプランク定数を下回るようなことはあってはならないことなのだ.また,角運動量の変化量がプランク定数を下回ることもあってはならないとの要請からはボーアの原子模型が導かれる.光や電子が粒子と波動の双方の性質を有することは実験によって明らかだが,粒子性と波動性が共存する理由は自明ではない.

実在の非局在性
量子もつれ(量子エンタングルメント)は量子論の基本概念のなかでも最も奇怪な現象だ[6a, 6b, 6c, 6d, 6e].例えば,アップスピンとダウンスピンの2つの粒子が占める量子状態では,片方がアップスピンで他がダウンスピンなのだが,観測によって状態が確定されるまで2つの状態は混じり合った重ね合わせの状態なのだ.しかし,観測によって片方の状態が確定すれば,自動的にもう片方の状態も確定する.これは超光速で情報が伝わることになるから,相対論と矛盾するように思われ,アインシュタインもシュレーディンガー(Erwin Schrödinger)もこれに疑問を抱いた.

量子もつれについて,「神はサイコロを振らない」と言ったアインシュタインが1935年にEPR(Einstein–Podolsky–Rosen Paradox)論文で論じたことは,超光速で情報が伝わることは相対論と矛盾するとの指摘だ[7].その直後に発表されたシュレーディンガーの猫の思考実験では,箱を開けるまで生死が確定していなかった(生と死の重ね合い状態にある)猫が,観測によって波動関数が突然収縮して猫の生死が確定するという量子論から導かれる奇怪な現象を取り上げて,量子論の確率的解釈に疑義を呈した[8].これらは局所的実在を示唆する指摘だったが,アインシュタインらの局所的実在はベルの不等式によって否定された[9, 10].観測を行う前には存在しているか存在していないかは確定していないから,実在は実は非局在的なのだとベルの不等式は述べている.観測を行わずに存在を証明することはできないことがその論拠だ.実在が非局在的であることの意味は,遠く離れた場所も相互に絡み合い,互いに影響し合っていることである.事象は観測を行う前から確定しているといったアインシュタインが抱いた素朴な観念を捨て去ることも受け入れがたいが,アインシュタインが不気味な遠隔作用と称した奇怪な量子もつれの現象が現実に量子コンピュータ(量子情報理論)に応用されていることも現実なのだ.奇怪ではあるが,ベルの不等式によって量子もつれは自明になったらしい.

ニュートン力学を信奉するには慣性系の存在と万有引力の法則を疑うことなく受け入れることが必要だが,量子論を信奉するにはいくつかの奇妙な前提を受け入れることが出発点となるのだ.アインシュタインやシュレーディンガーが疑義を呈した量子論を正しく理解できるのは誰だろう.

[注1] ヴィーンの放射法則は当時の測定結果とよく符合するものだったが,精密測定が進んだ1899年には長波長側でのずれが顕著となった.1900年にレイリー卿(The Lord Rayleigh)が発表し,1905年にジェームズ・ジーンズ(James Jeans)がその係数を修正したレイリー・ジーンズの法則は,短波長側では合わないが長波長側で正しいと考えられた.

[注2] ボーアの電子軌道は円軌道であったが,1916年にゾンマーフェルト(Arnold Johannes Sommerfeld)は楕円軌道とした.いずれもエネルギーと角運動量が量子化されて離散的な値を取ることは共通だが,円軌道がs 軌道のみに対応するのに対し,楕円軌道はp 軌道やd 軌道にも適用できる利点がある.このボーア・ゾンマーフェルトの量子化条件によって,主量子数,方位量子数,磁気量子数で指定される電子軌道の存在が示された.

[注3] 磁気量子数によって決まる軌道の数は奇数個なので,s 軌道は1つの軌道,p 軌道は3つの軌道(pxpypz),d 軌道は5つの軌道(dxydyzdzxdx2-y2dz2)から構成される.それぞれの軌道には2個の電子が収納されるから,s 軌道には電子が2個,p 軌道には電子が6個,d 軌道には電子が10個,f 軌道には電子が14個収納される.

[注4] 磯に打ち寄せる波は水粒子の運動だ.空気中を伝わる音波は空気の粒子の運動だ.したがって,粒子と波動の二重性は必ずしも奇妙ではないのだが,電子に粒子性と波動性を付与したボーアの原子模型では円軌道を周回する電子の角運動量はプランク定数hを2πで除した値(ℏ= h/2π)の正の整数倍でなければならないことが導かれた.ここで,ℏはディラック定数あるいは換算プランク定数と呼ばれる.ボーアの発見した量子数は主量子数だったのだ.不確定性原理もプランク定数がすべての実在の最小単位だから成立する.運動量と位置の双方をともに一定の精度を超えて測定することは不可能という不確定性原理の要請によって,位置の不確定性が生ずれば,薄い障壁を乗り越えて粒子が突き抜けるトンネル効果が起こり得る.また,エネルギーと時間の関係に不確定性原理を適用すれば,短時間に限れば粒子が想定以上の高いエネルギーを有することも許容される.

文献
1.例えば,(a) 松浦壮,はじめてでもわかる量子論,ニュートンプレス (2023).
 (b) 佐藤勝彦,「量子論」を楽しむ本,PHP研究所 (2000).
 (c) 都筑卓司,絵でわかる量子力学,オーム社 (1995).
 (d) 伊東正人,量子力学がわかる,技術評論社 (2010).
 (e) 高林武彦,量子論の発展史,筑摩書房 (2010).
 (f) 朝永振一郎,量子力学 I [第2版],みすず書房 (1969).
 (g) 朝永振一郎,量子力学 II [第2版],みすず書房 (1997).
2.例えば,(a) マーミン,量子のミステリー,丸善 (1994).
 (b) ステン・オデンワル,教えたくなるほどよくわかる量子論の基礎講座,ニュートンプレス (2023).
3.例えば,(a) 高田誠二,プランク量子論100年,日本物理学会誌,55 [10] 751-755 (2000).
 (b) 円山重直,プランクの法則の裏側,伝熱,44 [186] 46-47 (2005).
4.例えば,和田純夫,量子力学の多世界解釈,講談社 (2022).
5.例えば,鬼塚史朗,光の粒子説と波動説,物理教育,43 [4] 425-432 (1995).
6.例えば,(a) 筒井泉,量子力学の反常識と素粒子の自由意志,岩波書店 (2011).
 (b) アンドリュー・ウィテイカー,アインシュタインのパラドックス EPR問題とベルの定理,岩波書店 (2014).
 (c) 木村元,量子力学に現れる非局所性の意味,数理科学, 52 [618] 36-42 (2014).
 (d) 江沢洋,量子力学と実在,日本物理学会誌,34 [12] 1015-1023 (1979).
 (e) 筒井泉,ベル不等式 : その物理的意義と近年の展開,日本物理学会誌, 69 [12] 836-844 (2014).
7.A. Einstein, B. Podolsky, and N. Rosen, Can Quantum-Mechanical Description of Physical Reality Be Considered Complete?, Phys. Rev., 47 [10] 777–780 (1935).
8.E. Schrödinger, Die Gegenwärtige Situation in der Quantenmechanik, Naturwissenschaften, 23 807–812 (1935).
9.J. S. Bell, On the Einstein Podolsky Rosen Paradox, Physics, 1 195-200 (1964).
10.Alain Aspect, Philippe Grangier, and Gérard Roger, Experimental Realization of Einstein-Podolsky-Rosen-Bohm Gedankenexperiment : A New Violation of Bell's Inequalities, Physical Review Letters, 49 [2] 91–94 (1982).

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