仕事人生を振り返る

働きバチとして生まれたミツバチの仕事は孵化後の日齢によって変化する.若いときは卵や幼虫の世話を行い,次に巣の維持に係わる業務,高齢となった個体は巣の外に餌を取りに行く危険作業に従事して生涯を全うする.他方,アリやシロアリのなかには齢間分業に加えて,専門職コースを設けたものもある.頭部の発達したシロアリ(兵アリ)の従事する業務は防衛である.腹部の発達したミツツボアリの担当業務は蜜の貯蔵タンクである.ハキリアリでは大きさの異なる働きアリがそれぞれ異なる専門業務に従事する.ハダカデバネズミの不妊階級の業務も多岐にわたり,肉ぶとん階級は仔の保温を担当し,兵隊階級は防衛を担う.

ヒトの社会は,狩猟採集社会から農耕牧畜社会,そして工業・情報化社会へと変遷を遂げてきた.現代社会では多くの人が専門的な職業に従事している.学校教育を終えたときが職業選択の重要なタイミングであるが,従事する業務は年齢とともに変化する.

ジョン・ホランドはパーソナリティと職業選択を結び付けた.パーソナリティを現実的,研究的,芸術的,社会的,企業的,慣習的の6つに分類し,それに即した職業環境との結びつきを提案している.パーソナリティ特性の分類としては,ビッグファイブ性格特性が知られているが,これは協調性,誠実性,外向性,神経症傾向,開放性の5つの因子によって,パーソナリティを記述するという説である.職業選択はまったくの個人の自由ではなく,適性のある職業に従事することが暗に推奨されている.

ホランドの6分類に対し,5つの因子の数は一致しないが,企業的は外向性,社会的は調和性,芸術的は開放性,慣習的は誠実性と関連するとの指摘がある.ホランドの職業選択理論はパーソナリティに関係するとの主張であるが,スポーツを職業として選択するならば,身体の大きさや身体能力の高さも関係するだろう.なお,Martin Gerlachらはビッグファイブ性格特性の組み合わせで4つのクラスタを発見したと報告しているが,組み合わせ方によってはホランドの6分類に相当するクラスタも見つかるかもしれない.

ヒトの齢間分業については,若いときは学業に専念し,学校教育を終えれば職業人としての成長が始まる.年齢を重ねるにつれて,特定の能力を伸長させ仕事の幅を広げるだけではなく,仕事の内容も変容していく.ダニエル・レビンソンは成人前期から中年期への移行する時期までの発達を調べ,個人差は大きいものの一定の順序で発達すると指摘している.レビンソンは40歳前後がその人の人生で特に重要と直観的に感じていたので,45歳までのアメリカ人男性40名をサンプルに選んだ.

青年期から成人前期への移行は17歳から22歳くらいで起こり,遅くとも40歳から45歳ごろには成人前期は終了する.成人前期の新米時代における課題は職業選択と結婚して家庭を築くことで,年長の相談相手の存在は重要であると述べている.成人前期における次の段階は一家を構える時期で,ほぼ30代がその時期に相当する.生活の安定と上昇志向が特徴である.

40代になれば人生半ばの過渡期を迎え,中年に入る時期に差し掛かる.過渡期は生活構造が修正される時期である.レビンソンは30歳代後半の最盛期から新たな段階への転換が起こるこの人生半ばの苦痛に満ちた過渡期を,人生で特に重要な時期と考えた.そして中年期に入れば,ほとんどの人の仕事や生活様式は変化する.レビンソンの考察はここで終了する.調査対象の年齢がここまでだったからだ.

仕事人生を振り返るに,学校教育を終えたあとで従事する職業の選択は重要であるが,レビンソンが指摘するように人生半ばの過渡期での対応もそれに劣らず重要であったような気がする.老婦人を使い捨てにするミツバチの齢間分業をベンチマークにする必要はないが,ヒトの職業選択と齢間分業は選択の自由に結果責任が伴う人生ゲームのようなものだ.なお,ハダカデバネズミの兵隊階級は雑用係のなかで体格の良い個体が転職したものである.普段はあまり働かず,他のコロニーのメンバーが侵入したときには勇敢に戦うが,ヘビが侵入してきたときには率先して食べられる役割を担う.

(岡田 明)

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